天平恋詠~極道のお嬢が奈良時代に転生~病弱皇子を守って、この国、あたしが変えてみせます!
第2話 最悪な朝と、最悪なライバル
――チュン、チュン、チュン。
うーーーん。
……よく寝た。
どこかで、すずめが鳴いている。
やわらかな光が、まぶたの裏を金色に染めた。
ゆっくり目を開ける。
すると――。
見たことのない天井。
蓮の花の模様が、色とりどりに描かれている。
「……え?」
どこ。
なにここ。
ふわり、と甘い香木の香りがした。
指先を動かすと、絹のふとんが、とろけるほどやわらかい。
しかも床には、美しい織物。
え、これ。
高級ホテルどころじゃない。
(……贅沢。贅沢すぎる)
その時。
「姫さま、おはようございます」
白い衣をまとった女の人が、頭を下げた。
髪には金の飾り。
朝日を受けて、きらりと光る。
「朝粥《あさがゆ》のお支度が整っております」
……あ。
そうだった。
転生したんだった。
奈良時代。
しかも、お姫さま。
光明子《こうみょうし》。
(落ち着け、あたし。ここからが本番!)
起き上がると、足元がふらりとした。
すると、侍女がすぐ支えてくれる。
動きが完璧すぎる。
プロだ。
「お髪《ぐし》を結わせていただきます」
櫛が、するりと髪をすべる。
柑橘の香油の香り。
髪をまとめられ、鏡を見ると――。
「……誰!?」
そこにいたのは、超絶美少女だった。
真っ白な肌。
長い黒髪。
額には赤い花鈿《かでん》。
紅がほんのり差されたくちびる。
完全に、奈良時代のお姫さま。
(やば。顔面偏差値、高すぎん?)
侍女が、くすっと笑う。
「姫さま、本日はたいそうご機嫌ですね」
いや、そりゃ見るよ。
昨日まで極道の娘だったのに、急に姫。
人生、何が起こるか分からない。
◆◆◆
朝の廊下は、光で満ちていた。
白い柱。
ゆらめく香。
外から吹く風。
まるで映画のセットみたい。
「朝ごはんどこ?」
そう聞こうとした、その時だった。
前から、派手な女が歩いてきた。
――うわ。
強そう。
額には、これでもかというほど大きな花鈿。
真っ赤な紅。
きらきらの飾り。
そして、いかにも高そうな衣。
後ろには、細身の侍女が三人。
さらに――。
黒い大きな犬。
でかい。
近くで見ると、ちょっと怖い。
毛並みは黒曜石みたいにつやつや。
鼻息だけで、廊下のほこりが舞う。
(うわぁ……サリナ姐さん系)
夜の店で絶対ナンバーワン取るタイプ。
そして絶対マウント強い。
逃げよう。
そう思った瞬間。
バシッ!
女が扇を開いた。
「ちょっと、お待ちなさい!」
「……え?」
女は、じろりと私を見る。
そして、ふんっと鼻を鳴らした。
「これからわたくしの愛しい夫《つま》になるお方と婚姻するくせに、第一夫人であるわたくしに挨拶もできませんの?」
……はい?
「お金があっても躾《しつけ》がなっていない方は困りますわねぇ」
ほーっほっほ!
高笑いが廊下に響く。
(来たーーー! マウント女!)
「あ、お、おはようございます」
とりあえず、無難に頭を下げてみる。
すると女は、さらに笑った。
「あなたのお食事、わたくしが持ってきて差し上げましたの」
え。
やさしい?
……と思った瞬間。
銀の皿に、白い粥がドボドボ注がれた。
そして。
床へ。
え。
床?
しゃがんで取ろうとすると、侍女が慌てて袖を引く。
「姫さま……!」
「え?」
「それは……犬用でございます」
「……は?」
女が楽しそうに笑った。
「ほっほっほ! 犬と一緒に召し上がればよろしいではないですか!」
そして黒犬を呼ぶ。
「クマちゃん♡ この方と仲良くなさい」
ドドドドドッ!
犬が走ってきた。
でかい!
近い!
熱い息!
牙!!
ガツガツガツ!
皿を食べる勢いで粥を食べ始めた。
そのあと、こちらを見る。
じぃぃぃ。
低いうなり声。
「ウゥゥゥ……」
(え、怖っっ)
侍女が、私の腕を引く。
「姫さま、帰りましょう!」
でも。
足が動かない。
転生二日目。
朝ごはん前。
犬とマウントバトルとか聞いてない。
クマが、さらに近づく。
牙をむいた。
「ワンッ!」
思わず、口から出た。
「ちょ、暴れるなら寝てなさいって!」
その瞬間。
ピキッ。
空気が変わった。
犬が、ぴたりと止まる。
目をぱちぱちさせて――
ころん。
「……え?」
犬は、その場で丸くなり。
すぅ……すぅ……
寝た。
爆睡。
「クマ!?」
女が叫ぶ。
「クマーッ!」
しーん。
犬、起きない。
寝息だけ。
くぅぅぅ……。
私は、固まった。
え。
もしかして。
チート?
その時だった。
「何があった?」
低く、きれいな声。
振り向く。
――いた。
昨夜の皇子。
首皇子《おびとのみこ》。
白い顔。
金糸の衣。
でも今日は、少し顔色が悪い。
(……え、無理してない?)
一瞬、目が合った。
その瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
でも次の瞬間。
さっきの女が、皇子に泣きつく。
「皇子さま! この女がクマを呪いましたの!」
え!?
盛った!!
「毒を盛ったのですわ!」
「ちょ、ちが――」
皇子は、静かに犬を見る。
そして、小さくため息をついた。
「……まず、犬を薬師《くすし》へ」
その声は、少し苦しそうだった。
せきが混じる。
「こほっ……」
え。
待って。
この人、犬より危なくない?
でも皇子は、私をちらりと見た。
ほんの一瞬だけ。
心配そうに。
誰にも気づかれないくらい、小さな声で。
「……けがはない?」
え。
今、何て?
でも、すぐに視線を戻してしまう。
女が、涙ながらに言った。
「こんな不吉な女、顔も見たくありませんわ! 病気のお母さまのお世話係にでもしてくださいませ!」
……うわ。
左遷きた。
皇子は少し黙った。
そして。
「……母上の館へ連れていけ」
――あっけな。
転生二日目。
女に嫌われ。
病弱皇子には冷たくされ。
病人の世話係へ左遷。
朝の光が、まぶしい。
すずめが、まだチュンチュン鳴いてる。
私は空を見上げて、ため息をついた。
「……なにこの世界。チュンチュン地獄なんだけど」
うーーーん。
……よく寝た。
どこかで、すずめが鳴いている。
やわらかな光が、まぶたの裏を金色に染めた。
ゆっくり目を開ける。
すると――。
見たことのない天井。
蓮の花の模様が、色とりどりに描かれている。
「……え?」
どこ。
なにここ。
ふわり、と甘い香木の香りがした。
指先を動かすと、絹のふとんが、とろけるほどやわらかい。
しかも床には、美しい織物。
え、これ。
高級ホテルどころじゃない。
(……贅沢。贅沢すぎる)
その時。
「姫さま、おはようございます」
白い衣をまとった女の人が、頭を下げた。
髪には金の飾り。
朝日を受けて、きらりと光る。
「朝粥《あさがゆ》のお支度が整っております」
……あ。
そうだった。
転生したんだった。
奈良時代。
しかも、お姫さま。
光明子《こうみょうし》。
(落ち着け、あたし。ここからが本番!)
起き上がると、足元がふらりとした。
すると、侍女がすぐ支えてくれる。
動きが完璧すぎる。
プロだ。
「お髪《ぐし》を結わせていただきます」
櫛が、するりと髪をすべる。
柑橘の香油の香り。
髪をまとめられ、鏡を見ると――。
「……誰!?」
そこにいたのは、超絶美少女だった。
真っ白な肌。
長い黒髪。
額には赤い花鈿《かでん》。
紅がほんのり差されたくちびる。
完全に、奈良時代のお姫さま。
(やば。顔面偏差値、高すぎん?)
侍女が、くすっと笑う。
「姫さま、本日はたいそうご機嫌ですね」
いや、そりゃ見るよ。
昨日まで極道の娘だったのに、急に姫。
人生、何が起こるか分からない。
◆◆◆
朝の廊下は、光で満ちていた。
白い柱。
ゆらめく香。
外から吹く風。
まるで映画のセットみたい。
「朝ごはんどこ?」
そう聞こうとした、その時だった。
前から、派手な女が歩いてきた。
――うわ。
強そう。
額には、これでもかというほど大きな花鈿。
真っ赤な紅。
きらきらの飾り。
そして、いかにも高そうな衣。
後ろには、細身の侍女が三人。
さらに――。
黒い大きな犬。
でかい。
近くで見ると、ちょっと怖い。
毛並みは黒曜石みたいにつやつや。
鼻息だけで、廊下のほこりが舞う。
(うわぁ……サリナ姐さん系)
夜の店で絶対ナンバーワン取るタイプ。
そして絶対マウント強い。
逃げよう。
そう思った瞬間。
バシッ!
女が扇を開いた。
「ちょっと、お待ちなさい!」
「……え?」
女は、じろりと私を見る。
そして、ふんっと鼻を鳴らした。
「これからわたくしの愛しい夫《つま》になるお方と婚姻するくせに、第一夫人であるわたくしに挨拶もできませんの?」
……はい?
「お金があっても躾《しつけ》がなっていない方は困りますわねぇ」
ほーっほっほ!
高笑いが廊下に響く。
(来たーーー! マウント女!)
「あ、お、おはようございます」
とりあえず、無難に頭を下げてみる。
すると女は、さらに笑った。
「あなたのお食事、わたくしが持ってきて差し上げましたの」
え。
やさしい?
……と思った瞬間。
銀の皿に、白い粥がドボドボ注がれた。
そして。
床へ。
え。
床?
しゃがんで取ろうとすると、侍女が慌てて袖を引く。
「姫さま……!」
「え?」
「それは……犬用でございます」
「……は?」
女が楽しそうに笑った。
「ほっほっほ! 犬と一緒に召し上がればよろしいではないですか!」
そして黒犬を呼ぶ。
「クマちゃん♡ この方と仲良くなさい」
ドドドドドッ!
犬が走ってきた。
でかい!
近い!
熱い息!
牙!!
ガツガツガツ!
皿を食べる勢いで粥を食べ始めた。
そのあと、こちらを見る。
じぃぃぃ。
低いうなり声。
「ウゥゥゥ……」
(え、怖っっ)
侍女が、私の腕を引く。
「姫さま、帰りましょう!」
でも。
足が動かない。
転生二日目。
朝ごはん前。
犬とマウントバトルとか聞いてない。
クマが、さらに近づく。
牙をむいた。
「ワンッ!」
思わず、口から出た。
「ちょ、暴れるなら寝てなさいって!」
その瞬間。
ピキッ。
空気が変わった。
犬が、ぴたりと止まる。
目をぱちぱちさせて――
ころん。
「……え?」
犬は、その場で丸くなり。
すぅ……すぅ……
寝た。
爆睡。
「クマ!?」
女が叫ぶ。
「クマーッ!」
しーん。
犬、起きない。
寝息だけ。
くぅぅぅ……。
私は、固まった。
え。
もしかして。
チート?
その時だった。
「何があった?」
低く、きれいな声。
振り向く。
――いた。
昨夜の皇子。
首皇子《おびとのみこ》。
白い顔。
金糸の衣。
でも今日は、少し顔色が悪い。
(……え、無理してない?)
一瞬、目が合った。
その瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
でも次の瞬間。
さっきの女が、皇子に泣きつく。
「皇子さま! この女がクマを呪いましたの!」
え!?
盛った!!
「毒を盛ったのですわ!」
「ちょ、ちが――」
皇子は、静かに犬を見る。
そして、小さくため息をついた。
「……まず、犬を薬師《くすし》へ」
その声は、少し苦しそうだった。
せきが混じる。
「こほっ……」
え。
待って。
この人、犬より危なくない?
でも皇子は、私をちらりと見た。
ほんの一瞬だけ。
心配そうに。
誰にも気づかれないくらい、小さな声で。
「……けがはない?」
え。
今、何て?
でも、すぐに視線を戻してしまう。
女が、涙ながらに言った。
「こんな不吉な女、顔も見たくありませんわ! 病気のお母さまのお世話係にでもしてくださいませ!」
……うわ。
左遷きた。
皇子は少し黙った。
そして。
「……母上の館へ連れていけ」
――あっけな。
転生二日目。
女に嫌われ。
病弱皇子には冷たくされ。
病人の世話係へ左遷。
朝の光が、まぶしい。
すずめが、まだチュンチュン鳴いてる。
私は空を見上げて、ため息をついた。
「……なにこの世界。チュンチュン地獄なんだけど」