悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第二十五章:子供が消える夜

 ――その夜。
 窓辺に気怠げな影が腰掛けた。金の瞳。黒衣。
 「忙しいな、オリヴィア。顔色がまるで死人だ。」
 「……フィンレイ」

 彼は自分の麗しさを理解して、動けないオリヴィアの顔を覗き込む。
「ふふ、俺にそんな虫ケラを見るような顔をするのはお前くらいだよ」

「……そう?誘惑の悪魔に向いてないんじゃない?」
「じゃあ、情報屋に転職しようか」

前髪を掻き上げ、無駄に色気を出しながら、フィンレイは軽口を叩いた。

 「ここの地下で、お前に話してやったが、この国の子供の不幸は大昔の契約の色が濃い。
 だが、ここ数カ月の子供の失踪を知っているか?──それは国が仕組んでいる。市民の噂では『子供が消える夜』ってやつだ」

 オリヴィアの眉がぴくりと動く。
 「……どういうこと?」

フィンレイはベッドの端に座ろうとしたので、小蝿を払うように手を振ってやめさせた。

 「王家が国の繁栄百年を悪魔に願い、その代償として──百年間、未来に希望を抱いた子供たちを捧げることを約束した。
 その儀式の際にも子供たちを残酷な方法で甚振り、殺した」

 フィンレイの声音は淡々としているが、その奥底に冷ややかな毒が滲む。

 分かってはいた。
あの地下の造り。液体をーー血液を洗い流すための工夫。そして大掛かりな悪魔召喚の儀式に際して必要な絶望を考えれば、きっと「そういう」ことをしたのだと。

 今はあの時よりも、何故か胸が重くなる。

 「それで百年分の繁栄は手に入れた。だが期限は近い。で、今度はさらに百年の繁栄を得るために、新たに子供を贄にする契約を画策してるってわけだ。あの時と同じように」

 オリヴィアは息を呑んだ。

 「そんな契約……悪魔が応じるはずない」

 「その通りだ。悪魔の力を借りて叶えた願いは、それで終わらない。成就の後に必ず相応の罰を受ける。罰を受けずに延長なんて、矛盾することは出来ない。
少なくとも俺が知ってる限り、この国と前に契約した悪魔は、打診されても首を縦には振らないだろう」

 「じゃあ……なぜ?」

 フィンレイの笑みは皮肉に歪んだ。

 「子供が死ねば、未来は消える。国は衰退し、民は緩やかに滅ぶ。元々が百年の栄華の後には国が滅ぶという罰を織り込んだ契約だ。契約に反していないんだよ。だから天界も魔界も介入しない。」

 オリヴィアは、冷たい水を浴びせられたような感覚に襲われた。

「そういうリアクションが一番困るな……。」

ただ涙が止まらなかった。これがどのような感情なのか分からなかった。
誰にも助けてもらえない子供たちを想うと──。

「……? おい、おいオリヴィア? オリヴィア‼︎」

「オリヴィア様の部屋から男の声が……っ誰だ!オリヴィア様、失礼!」
シャーロットが飛び込み、フィンレイはその前に消えた。

「オリヴィア様、今誰か……。オリヴィア様⁉︎オリヴィア様‼︎」

オリヴィアの息と心の臓は一時停止していた。
オリヴィアの意識はすぅっと緩やかに暗い暗い水底に沈み、温かい水で揺れていた。

 オリヴィアは急激な体調の悪化に伴い、王都の貴い方々用の病院に移された。
 オリヴィアは以前から折檻のされ過ぎで、病院に掛かることが多かったらしく、スムーズに受け入れられたそうだ。

 意識が戻ったのは七日後だった。
「高度医療魔法って凄いのね……」

「オリヴィア様、以前から申し上げておりますが、どうかお身体をお大事になさってください。これは流行り病の類ではございません。過労というものです。
身体の限界を超えた心身の酷使によって、人は死ぬことがあります。
ご両親と兄君以外でどなたか、頼れるお方はおられませんか……?」

医師は憐れみの視線を向けながら、言葉を選んで言った。
「その、王太子様以外の……王族の方など……」

「ええ、残念ながら…。」
「……病院での加療を院長の署名入りで出してもらいます。院長は公爵の出ですから、エルフォード様もご納得いただけるでしょう……」

オリヴィアを実家に戻さないよう手配してくれるとは、有り難い。
オリヴィアの目の端から涙が溢れた。

フィンレイの話を信じてくれる人などいない。そもそも話せる内容でもない。
 ──つまり、止められるのは自分だけ。

(身体が少し良くなったからかしら。思考もまともになったわね)

 窓の外では今日も雲が重く垂れ込め、時計を見なければ朝と分からず、明かりを灯さねばならないほど暗くなっていた。
 その色は、魔界の夜を思わせる。

(きっとあのクソ馬鹿たちも急いているわね。)

「急がないと」
弱気になる暇などないのだ。
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