悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第二十七章:嘆願書 ※アイラ視点1/2

 城の外縁から、夜灯の数が目に見えて減った。見回りの足音は多く、人々の警戒や不安を緩める祈祷歌の楽譜を抱えた教会の従者があちこちに派遣された。

 アイラは窓辺で白い外套を羽織り、香油を一滴。
 「今日も、私の出番なのよね」

神から祝福された予言の乙女には、予言以外にも祝福の影響があるらしく、アイラの祈りは周囲の人の祈りを強めるらしい。

今度行う大祈祷とやらのために、国家魔術師たちの祈りの力を増すため願うよう依頼されていた。
彼らは「何故か」必死な様子で、縋るように、硝子細工のようにアイラを扱ってくれた。

 (乙女様って言われるのは嬉しいわよね。国家魔術師たちって良いところのお坊ちゃんばかりだし。ちょっと祈るだけで良いんだもの。「助かりました!」って感謝されて……)

 鏡に微笑むと、胸の奥でわずかな違和感があった。
 (なに? 疲れかしら)
 すぐに忘れる。そう思い込む。

今日も拍手が、彼女の違和感を上塗りするはずだから。

 廊下に出ると、侍女たちが蒼白い顔で言った。
 「乙女様……昨夜、城下でまた子供が五人も……」
 「田舎の方では更に酷いとも聞きます…」
 「乙女様宛に嘆願書もこのように…」
 「なぁに?私は予言しか出来ないんだから、助けてって言われたって何も出来ないのよ?」

「ですが、王太子殿下に進言出来るのは予言の乙女様しか……何か対策を講じてくださるかもしれません……」

「そうです、それに乙女様には祈りの力を強めるお力もございます。子を守るまじないの力もきっと強められます!」

「被服費にされました予算は本来、乙女様が民をお救いしていることを知らしめるため行事について使用する予定で…」

「あの、そろそろ子供たちの行方について予言を……」

 「もう!後にして!そんな病人みたいな顔でピーチクパーチク言わないでよ!殿下をお待たせできないわ」

 侍女たちの口がつぐまれる。
 アイラは裾を持ち上げ、踵を鳴らして歩いた。

(予言、予言って……! だってすごく疲れるんだもの! あいつらは何も知らないで簡単に言うけれど!)

◇◇◇

 ――予言の乙女として召喚されたばかりの数か月前の記憶が、彼女の中に鋭く残っていた。

 祈祷場で無理に魔力を絞り出させられたあの夜。
「乙女、まだ何も予言出来ておりません!もっと集中なさいませ!」
「早く予言を!」
(うるさい!うるさい‼︎あんたたちがそうやって声を掛けて邪魔するから出来ないのよ!)

 硬い石床に座らされ、額から汗を流しながら震えた。

 アイラは集中することが苦手で、予言の祈りを初めて魔力を少し使っては中断してしまったので、結局何も成果が出ないまま、時間と魔力が想定よりも費やされていた。

「もう、無理……」と愛らしい顔で泣いて告げても、老人たちは取り合わなかった。

「お願いです乙女様!国のためです!」
「幼子たちが飢えているのです!」
老人たちはアイラの心にどうにか火を付けようとしたが逆効果だった。

(国なんか知らない!知り合いでもない子供なんてどうだって良いわよ!それより“私を助けなさいよ”)

 次の瞬間、力が途切れ、視界が白く弾け――気づけば倒れていた。嘔吐と、失禁した。

 王太子だけでなく、国王も功を焦った担当者たちを諌めた。
 アイラを介抱した医療魔術師たちにとって嘔吐も失禁も見慣れたもので、噂を聞いた者も可哀想だと思うばかりだった。

「私は貴族なの!予言の乙女なの!特別なの!あんな汚いの、死ぬより恥だわ‼︎」

その時はまだ、貴族令嬢としては許せぬ穢れであったかもしれないと、まだ周りは彼女を丁重に扱った。

 元の性分に加えて、トラウマは彼女の努力を凍らせた。
 予言の才は本物だった。神の祝福もあった。修練を重ねれば力を発揮できたはずなのに――。
 アイラは以後、努力そのものを拒絶した。
それでも許されてしまったが故に増長した。

(何だ、パーティーや行事でニコニコ笑ってれば良いんじゃない!)

「あの後だって、どうしてもって言うから、倒れたりするのは怖いけど、何度か予言を『してあげた』のに!それで皆んな助かったんでしょう?贅沢言わないでよ!おまけに予言以外のことまで言ってきて!」

ドスドスと廊下を踏み抜かんばかりに乱暴に歩き、怒りを発散させた。
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