敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~
◆とある春の日
「何これ……退去願いのお知らせって、どういうこと?」

木梨花梨(きなし・かりん)の声は、古びたアパートの廊下でやけに響く。
とある春の日の朝。彼女は自身の子供を引き連れ、いつもより五分早く家を出て、最高の一日のスタートを切った……はずだった。
玄関のポストに直接入っていた一枚の紙を見た瞬間、目の前が真っ暗になった。
手に持った紙に記載されている文字は、何度読み返しても変わらない。

【本物件は老朽化および耐震基準未達のため、再開発事業の対象となりました。
これに伴い、令和八年三月末日をもって賃貸借契約を終了とし、同日までに建物の明渡しをお願いいたします】

すぐに追い出されるわけではないが、猶予は二年もない。
このマンションは、築年数は古いが、3LDKと広々した間取りで家賃も手頃。
なにより、我が子が通う保育園まで徒歩一分という立地が、花梨にとっては何ものにも代えがたかった。
バス停も近く、地域密着型で、価格帯も良心的なスーパーもすぐそばにある。ここ以上の場所が、すぐに見つかるとは思えない。

「ままー、鬼さんみたいなおかおでどうちたの」
「ままは鬼さんじゃない、かわいいもん」

つたない声にはっと意識を取り戻した花梨は、足元に視線を落とす。
彼女を見上げているのは、黄色いゴム帽子を頭にかぶり、水色のざっくりとしたスモックを羽織った三歳男子がふたり。
彼らは背丈も声もそっくりだが、顔が全く違う二卵性の双子。花梨の血の繋がった実の子だ。

「大翔(ひろと)、大輝(たいき)ごめんね、……このお部屋からお引越ししなくちゃならないみたいで、驚いちゃって」
「「お引越しってなぁに⁉」」

大きな目をキラキラと輝かせたふたりに、花梨は苦笑いを浮かべながら、ざっくりと引っ越しはどういうものなのか、説明する。
彼らを不安にしちゃならないと思えば思うほど、心の奥がずしりと重くなった。

(二年、か……ふたりがちょうど小学校に上がる頃。タイミングとしては、悪くない。……悪くない、はず)
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