敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~
職場のロッカーの扉を開けながら、花梨は思わず大きなため息を吐いた。
子供たちを保育園に預け、そのまま羽田空港へ向かうのが、彼女の日課だ。
Starroad Catering Solutions――日本最大手の航空会社、スターロード航空の機内食全般を担う、ケータリング会社だ。
花梨はそこで、機内食を機体に搭載する作業スタッフとして、数か月前から働いている。
保育園の門をくぐり、双子を見送ったあとも、頭の中は引っ越しのことでいっぱいだった。
二年後への不安が、じわじわと心を蝕んでいく。子供たちの小学校入学と、住み替え……。
ここ以上の暮らしを手放すというのも辛いが、シングルマザーにとって引っ越しはかなりの出費。国からシングルマザーの補助があるとはいえ、本当に自分ひとりで乗り越えられるのだろうか。
「……いや、乗り越えるって決めた」
誰もいない薄暗いロッカールームで、花梨は小さく呟き、自分に言い聞かせるようにうなずいた。
「決めたんだから。……乗り越える、私はできる」
花梨はこれまで、いくつもの困難を越えてきた。
中学受験を目前にして母を亡くしたとき。父の借金が発覚し、生活が立ち行かなくなったとき。祖母と父が、ほとんど同じ時期に逝ってしまったとき……。
そして、誰にも頼らず、ひとりで双子を産んだとき。
それらに比べれば、家からの退去など取るに足らない出来事だ。
そう言い聞かせるように思う一方で、どうしてここまで、自分の人生はハードモードなのだろう、という卑屈な感情が少しもないわけではない。
(……璃子がいなかったら、さすがに折れていたかもしれない)
制服の袖に腕を通しながら、花梨はもう一度、静かに息を吐く。
佐倉璃子(さくら・りこ)は、小学生の頃からの付き合いだ。誰もが振り向くような絶世の美女と、いたって平凡な自分とでは不釣り合いな気がしないでもなかったが、昔から不思議と馬が合った。
社会人になっても連絡を取り合い、年に数回は会う関係を長年続けていた。
現在璃子はスターロード航空でCAとして働いており、シングルマザーで職に困っていた花梨に、今の仕事を紹介してくれた恩人でもある。かつて料理人を目指していた花梨は、少し遠い場所にはなるが〝食〟に関わる仕事に戻ってこられ、彼女へ心から感謝していた。
「木梨さん、B五六七便、これから上げるから最終チェックお願いね」
「はい、数と配置、見てきます!」