敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~

だから、このまま静かに暮らしていたい。
もしまた再会することがあっても、必要以上に話さなければ大丈夫なはずだ。
――そう、花梨は思っていたのだが。
状況が一転したのは、翌日の夕方だった。花梨のシフトが終わるまで、あと三十分を切った頃。
その日の便に出すケータリングをすべて送り終え、戻ってきた備品の確認や簡単な片付けを済ませて、待機ルームで一息ついていたとき、扉がノックされた。
顔を覗かせたのは、事務員の女性だった。

「木梨さん、少しよろしいですか。ご来客です」
思いがけない呼び出しに、花梨は一瞬きょとんとする。
これまでいち契約社員の自分に、来客など一度もなかった。

「……え、私ですか?」

相手の見当がまったくつかない花梨に、事務員の女性はにこやかに微笑んだまま、当然のように告げた。

「スターロード航空のパイロット、須天副機長がお越しですよ。先日のフライトのケータリングについて、少しお話があるそうで」
「……っ」

顔がひくりと引きつった。
花梨は理解した。同じ航空会社の社員で、副機長という立場の人間なら、事務員の女性が特別な警戒もせず、こうして取り次ぐだろう。
その場でうなだれる彼女に気づかず、相方の西本が彼女に向けて親指を立てる。

「今日はもうやることもないし、このまま上がっちゃっていいよ。副機長のところ、行ってきな」
「……はい。承知しました」

ここまで言われてしまえば、花梨に断る余地はない。
彼女は制服を簡単に整え、不安を胸の奥に押し込めるようにして、その場を離れた。

「須天副機長、お待たせいたしました……」

震える手で三回ノックしたあと、花梨は扉を開けた。
久登が待つ連絡室と呼ばれるその部屋は、思っていたよりもずっと狭い。
業務連絡用の机と椅子が置かれているだけの簡素な空間で、普段は搭載内容の確認や、フライト前後の簡単なやり取りに使われる部屋だと認識している。
契約社員の花梨が、ここに足を踏み入れるのはこれが初めてだった。

「急に呼び出して、すまない」

低く響く声が耳に届いた瞬間、胸の奥が強く脈打つ。
久登は窓際に立っていた。先日見たスターロード航空の制服に身を包み、背筋をまっすぐ伸ばしたまま花梨を見据えている。
その視線がひどく落ち着いていて、すでに緊張していた花梨は、思わず息を詰めた。

(……やっぱり、この人は綺麗だわ)
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