君の言葉で夢を見たい
あの日――
ホテルのロビーで彼女の声を見つけたあの日以来、ロビーで彼女を見かけることも僕がかけた電話に彼女が出ることもなかった。
ただ組まれたスケジュールをこなし、気づいた時にはパスポートを片手にあっけなく韓国に帰国していた。
だけど、あの彼女の声色を「あっけなく」忘れることはできなくて。
たった数回聞いただけの彼女の柔らかい声が数ヶ月経った今でもこうして耳の奥に残っている。
「空き時間に練習生と混ざって日本語のレッスンも入れてるんだろ?」
その声で再び意識がホテルのロビーから練習室に呼び戻される。
「マネージャーが頭抱えてたぜ。その時間があるなら少しでも寝て欲しいって」
僕が日本語レッスンを受けたいと言った時のマネージャーの顔を思い出した。
「日本語に熱心なのはいいんだけどさ……」と言いながら僕のスケジュールを確認してくれたマネージャーの顔は、あからさまに面倒くさそうだった。
「まあ、日本語担当がいてくれるのは助かるけどな!」
くるりと手のひらを返した彼は、バシバシ、と満面の笑みで僕の肩を叩いた。
――仕事のために勉強しているわけではないけど。
そうは思っても、日本語の勉強に熱が入っている理由は正直には言えない。
だから「日本語担当」なんて、アイドルの文脈にしか存在しない役割に甘んじる。
「それこそこのあと、日本語のレッスンだっけ?」
そう言われてスマホで時間を確認すると彼の言うとおり、日本語レッスンが始まる10分前を指していた。
「うん、そろそろ移動するわ」
「おう、俺の分まで頑張ってな!」
「お前はもっと真面目にやれよ。マネージャーが頭抱えてたぞ」
「うるせー」
そんな軽口を叩きながら、カバンに「일본어 초급(日本語 初級)」を押し込んだ。