君の言葉で夢を見たい


ホテルの地下のエントランス前に停まった移動用の黒い車から降り、荷物の入ったスーツケースの持ち手をぎゅっと握った。

いつもならスタッフに挟まれてホテルに入る。

しかし今日は、スタッフが東京観光に行ったメンバーたちの荷物を移動しなければならないらしく、「先に部屋に行っていいよ」と言われて少し面食らった。



車内で既にスタッフから部屋の鍵を渡されていて、あとは割り振られた部屋に向かうだけだった。


半年ぶりに足を踏み入れるこの場所を心待ちにしていたはずなのに。

いざゴールドで縁取られた重厚な扉を前にすると、足がすくんでしまった。



ピカピカに磨き上げられた扉のガラスには、鏡のように自分の顔が反射していた。

それはライブ前の控え室で大きな鏡の前に座り、期待と不安が混じった面持ちで舞台用のメイクを施されている時の表情とよく似ていた。


そんな僕に、車を出迎えたホテルの男性スタッフが会釈をする。


「この時間帯はロビーも比較的落ち着いております。ロビーにもスタッフがおりますのでどうぞご安心くださいませ」


その男性の声は低いけれど聞き取りやすい。

性別は違うのに、なんとなく彼女の声と落ち着いた雰囲気が似ているような気がした。


背筋を伸ばして僕の横に立っている男性に小さく尋ねてみる。


「あの……ロビーに寄っても?」


男性スタッフは「少々お待ちくださいませ」と言うと、胸元の無線のマイクに向かって何かを確認した後再び僕の方を向き直った。


「ただいまロビーは落ち着いておりますのでお立ち寄りいただいて大丈夫でございます」


その言葉に、返事をできずに息を飲み込んだ。


「ご案内いたします」


男性スタッフが音もなく僕の前に出て扉を押さえてくれて、僕はようやくまたこのホテルに足を踏み入れた。


それと同時に、このホテルブランド特有のシグニチャーセントが鼻をくすぐる。

ほのかに甘い、ホワイトティー系の香り。

たったそれだけで、半年前、彼女とロビーで話した時の光景が色鮮やかに蘇った。

あの時はホテルの匂いなんて気にしていなかったのに、体はそれを僕の意識の外で覚えていたらしい。



戻ってきたんだ――。



天井のライトが反射するほどツルツルに手入れをされた大理石の床に、コツコツと歩く足音二つと転がるキャスターの音が反響する。

その緊張感をはらんだ音が、僕の脈まで速めていく。


地下エントランスの奥、ロビーへ上がるエレベーターがすぐに到着した。

僕が乗り込むとスタッフがいとも自然にエレベーター内の「ロビーフロア」と書かれたボタンを押して身を引いた。


「ごゆっくりお過ごしくださいませ」


丁寧にお辞儀をした彼の姿が、閉まりゆく扉の向こうに少しずつ隠れていった。

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