君の言葉で夢を見たい
「はい」
彼女は顔を上げ、小さく首をかしげて僕を見上げた。
その瞬間、また、服の内側で脈が速くなる。
思わず彼女を呼び止めてしまったけれどそれに続く言葉はない。
頭の中で「일본어 초급《日本語 初級》」のテキストをめくっても、『ホテルスタッフと半年ぶりに再会した時の会話』の例文は見当たらない。
やっぱり「中級」にするべきだったか……。
日本語の勉強の合間に、次、彼女と会った時に言いたい言葉をあんなにも考えていたはずなのに――
脳内のどこを探しても見当たらない。
だめだ、アドリブでいくしかない。
頭の中を駆け巡る日本語の中からこのシチュエーションに使えそうなものを拾い集めた。
「えっと……あの、僕、前にもここに泊まったことがあって……」
いや……だったらなんなんだよ――。
心の中でそうツッコんでももう遅い。
あの日みたいに、口から飛び出した僕の意思とは関係のない日本語はもう回収不可能だ。
最悪だ……。
わざわざ呼び止めてまで謎の申告をする変な宿泊客になってしまった……。
彼女だってこんなことを突然言われても、反応に困るだろ。
この半年間、また彼女に会える日を想像しながら日本語の勉強をしてきた。
それなのにこんなのって――
「おかえりなさいませ」
彼女はふんわりと柔らかい声で、そう言った。
頭を抱えそうになっていた僕は、その言葉に視線を上げる。
その先で、にこりと微笑む彼女と目が合った。
「日本語、お上手になられましたね」