君の言葉で夢を見たい


あの日始めた私の韓国語学習は、思うように進んでいなかった。


ハングルを覚えて発音を練習して。

テキストだけじゃなくて、ゲーム感覚の言語学習アプリもインストールした。

それでも、仕事の合間で言語を一つ習得するのは学生時代ほど簡単ではなかった。



「なにかきっかけがおありだったんですか?」



これはたぶん、私のただの好奇心。

あの日、私が彼との会話が心残りで韓国語を始めたみたいに、彼にも日本での滞在で何か日本語を学び直すきっかけがあったのかもしれない。

勝手に同志みたいな気持ちになってしまって聞いてみたくなった。



彼は少し驚いた顔をして、考え込むように視線を逸らした。


今の彼が、そのきっかけをどんな日本語で語るのか。

そう思うと、胸のあたりがそわそわした。


半年という短い間に再び日本を訪れたということは、それだけ前回の滞在を楽しんでもらえたのかもしれない。

はたまた仕事で日本に頻繁に来ているだけかもしれない。


それでもこうしてまた「HOTEL COAST」にお戻りいただけたことは、ここで働くスタッフとして純粋に嬉しかった。



「日本語で気持ちを伝えたい人ができたんです」



少しの沈黙の後、そう言った彼の声は今までで一番自然で柔らかかった。

それに、今までのどの日本語よりも温かくて甘い響きだった。



仕事中にも関わらず、「わあ……!」と素の声が出てしまう。



そんなの――




「すごく素敵ですね……!」



思わず両手で口元を覆い、にやけそうになるのを抑える。


――だって、理由がロマンチックすぎるもの。



「伝えられるといいですね」



私がそう言うと、彼はふわりと微笑んだ。



「……いつかきっと、伝えます」



彼の柔らかい表情につられて、まだ仕事で使うつもりのなかった言葉を、つい彼に聞いてほしくなってしまった。



「사실은 저도 한국어를 공부했습니다. 《実は、私も韓国語を勉強しました》」



今まで一人で勉強していたから、こうして誰かに韓国語を話すのは初めてで。

発音も、言葉の区切り方も、全部に自信が持てなくて。



あの日、タオルを追加する電話をかけてきた彼も、こんな気持ちで日本語を口にしていたのかもしれない。


そんな気がした。



「以前、ロビーでお話したことありますよね……? あの時、私も韓国語を話せたら、もっとスムーズにお手伝いできたのにと思いまして」



私がそう言うと、彼は今日会話した中で一番驚いた顔をしていた。


半年前のロビーでの出来事を覚えている私にびっくりしているみたいだった。


たしかに、接客したゲスト全員を覚えているわけではない。

だけど常連ゲストや、印象に残っているゲストは案外覚えているものだ。



「覚えていてくれて、嬉しいです」

「あと……韓国語も、すごくお上手です」



彼は照れくさそうに笑ってそう言った。

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