君の言葉で夢を見たい
スーツケースを引いてエレベーターホールに向かう彼を見送ると、いつの間にか隣にいた相田ちゃんに肩を軽く叩かれた。
「ちょっと! 今のって……!」
そう言われて、私は恥ずかしくなって頬に手を当てた。
「そうなの……実は韓国語の勉強始めたんだ」
もっとちゃんと、ホテルの接客レベルで韓国語を話せるようになったら打ち明けようと思っていたのに――。
まだ初級の段階だと、自分から打ち明けるのは思った以上に恥ずかしかった。
「いや、そうじゃなくて」
相田ちゃんが呆れたみたいに眉をしかめる。
「さっき話してたゲストって、アイドルの――」
相田ちゃんが私の耳元に口を寄せて、小声でそう言った。
相田ちゃんが口にしたグループ名が、今日の引き継ぎ資料にあった団体名と頭の中でつながる。
それと同時に、半年前、タオルの追加依頼を受けたあとで、相田ちゃんが「もしかしたらアイドルの誰かだったかも」と目を輝かせていたことを思い出した。
小さく息が漏れる。
「……そうだったの」
意外なはずなのに、それほど驚かなかった。
むしろ、彼の不思議な雰囲気にぴったりだと思った。
あの日、昼下がりに鳴った内線も、短いスパンでの来日も。
それから、彼が口にした『日本語で気持ちを伝えたい人ができたんです』という、ロマンチックな言葉の意味も――。
そこでようやく、全部が繋がった気がした。
『韓国のアイドル』、『日本での活動』、『伝えたい人』。
つまり……その相手は「日本のファン」ってこと?
ロマンチックな意味で解釈していた言葉の意味が、ころんとひっくり返る。
……それなら、私と同じ理由だったんだ。
それにしても、勉強の動機をあんなにロマンチックに言い換えられるなんて、やっぱり彼はアイドルなんだなとしみじみ思う。
それと同時に、この半年で迷いのなくなった彼の日本語なら、必ず日本のファンに気持ちを伝えられるはずだと確信した。
アイドルがどんなふうにファンへ語りかけるのかはわからない。
それでも、ステージに立つ彼が、マイクを通して日本語を届ける姿を想像すると、ふわりと笑みがこぼれた。