孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む
いつも冷静な悠醐も、動揺したように表情を歪ませる。
言ってしまった。これでもう、後戻りはできない。
だから――完全にここで、縁を切らなくてはいけない。すべては、悠醐の医者としての未来のために。
「孤児院出のあなたにはわからないでしょうね。身分の合わない人と一緒にいて、白い目で見られて苦労するのはわたしなのよ」
自分のものとは思えないくらいの低い声で一気にまくしたて、茫然とその場に立ち尽くす彼に背を向ける。
今にも泣きだしそうで、一刻も早くこの場から離れたかった。
するとすかさず、強い力で腕を掴まれ、足が止まる。
「一葉、待ってくれ。……何かの間違いじゃないのか。俺たち、これで終わりなのか?」
困惑と悲しみが混じったような、余裕のない声だった。
一葉は奥歯を噛みしめ、胸の痛みに耐えた。後ろを振り返らないよう言い聞かす。
彼の顔を見たら、絶対に自分に負けてしまう。
零れそうな涙を、喉を鳴らして落ち着かせる。
「終わりよ。さよなら、悠醐さん」
思い切り腕を掴んでいる彼の手を振りほどき、一葉は玄関から飛び出した。
(さようなら。悠醐さん。愛してる。ごめんね、本当にごめんね)
一葉は、悠醐のマンションの階段を駆け下りて、夜の街に身を隠した。
声を上げて泣いた。だが、歩みは止めなかった。止まったら戻りたくなる。彼に愛されていた自分に。
悠醐は追ってこなかった。これでいいとわかっているのに、一葉は寂しくて仕方がなかった。
ふたりの恋の道は、ここで途切れた。すべては父の策略通りに。
悠醐は突然のことに、深く傷つき、困惑したことだろう。
嫌われて当然だ。
(もう彼とは今後、会うことはない。話すことも、一緒に笑うことも。手を繋ぐことも、もうない)
一葉は、勉強も身に入らない日々が続いた。
毎分置きに、彼が頭に浮かんだり消えたりする。
夜になると無性に悠醐が恋しくなり、自然と涙がこぼれた。
けれど、傷つけたのは自分の方だ。泣くのは間違っていると言い聞かせ、溢れる涙を拭った。
(これでいい。悠醐さんの、医者としての未来を守れたのなら)
一葉はそう思うことでしか、この失恋を乗り越えられなかった。
・・・