孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


「はいはい。そういうツンとしたところも、素敵だ」

一葉は呆れたまま彼を一瞥し、足早に医局を後にした。
久津透(くどう・とおる)は、年齢は一葉よりひとつ上の二十九歳。心臓外科医だ。
医者一家に生まれた末っ子のサラブレッドで、そのせいか、どこか育ちの良さを感じさせる。
腕は確かで、おまけに見た目もいいとあり、ナースたちからの人気も高い。
だがなぜか、その視線はいつも一葉に向けられる。こうして気さくに声をかけてくるだけでなく、連絡先を聞かれ、食事に誘われたことも一度や二度ではない。

(デート……。いつからしてないっけ)

指折り数えて、拳を握る。ちょうど五年。悠醐と決別して、あっという間に長い年月が経った。
あれから一葉は、大学院を中退し、父に言われた通り神城グループの御曹司と結婚する予定だった。
だが人生とはそう簡単には上手くはいかない。

父の思い描いた会社再建への結婚は、神城グループの子会社が立て続けに不正が発覚し、株価が暴落した関係で、結婚どころではなくなり、白紙になった。当然、元々業績が悪かった篠宮医療機器グループも大打撃を負い、父は自己破産に追い詰められ、一葉も進学したばかりの大学院を辞めることになった。こうして篠宮家は没落し、何者でもなくなった。
だが一葉は、こんな最低な状況を冷静に受け止めていた。一方的に傷つけた悠醐への罰が当たったとしか思えなかったのだ。

没落後、目まぐるしく生活が変わった。
住んでいた広い屋敷から小さなアパートへ引っ越し、食べるもの、着るもの、すべて値段的に基準が下がった。だが元々金遣いが控えめな一葉にとってそんなの、苦しくもなんともなかった。

もっとも自身を苦しめたのは、悠醐への消えぬ恋情だった。

(五年も前の元カレを忘れられないなんて、誰にも言えないよ……)

現在一葉は、二十八歳。
友人の中には、結婚したり子供が生まれている子もいる。

キャリアを優先して、子育てや結婚どころではない友人もいる。だがみな共通しているのは、自分の生活に前向きに生きているということ。

一葉もいつも落ち込んで生活しているわけではない。だが、常に心のどこかで、悠醐を忘れられずに、彼の面影を探している自分がいる。よって、工藤のようにアプローチをかけてくれる男性がいたとしても、気分が乗ることがなかった。

それは前向きに生きているとはいいがたいのではないか。

(今頃何をしてるのかな。悠醐さんは……)
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