クールな年上彼女は焼酎がお好き
そこは飲み放題二時間いくらの大衆居酒屋だった。昨日家であれだけせがんでも飲んでくれなかったのに、なんでこんな場所で酔っ払ってるんだよ、なんて八つ当たり気味の苛立ちを感じずにはいられなかった。
しかし、奥のテーブル席に頼子さんと先輩の姿を見つけた瞬間、そんな苛立ちは霧散する。正確には、彼女が僕の姿を見つけた瞬間。
「オミくん、迎えに来てくれたの?」
誰かと思うほど甘い声が、知らない呼び名を呼んだ。
いや、僕のことを呼んでいるんだ。それは分かる。長谷部直臣だから、オミくん。分かるけど、分からない。頼子さんがなんで僕をそう呼ぶのか、てんで理解できない。
しかも、常に凛としているはずの整った顔は今や無防備に綻んで、喜色満面の笑顔だ。彼女の全身からほわほわとした空気が溢れだしている。
いつものピシッとした緊張感はどこへ?
緩みきった雰囲気はまるで別人だ。
僕がどうやってもしっかり者の鎧を崩せなかったのに、先輩は一体どんな魔法を使ったのだろう。
二人の間のテーブルに視線を移せば、ビールが入っていたと思しき空のピッチャーがあった。加えて、お猪口にワイングラス、飲みかけで残っているのはハイボール。どんだけちゃんぽんしたんだと少々引いた気持ちになる。
アルコールという名の魔法をしこたま摂取したわりに足取りのしっかりした頼子さんは、ゆっくりした動作で立ち上がり、なんと僕に抱きついてきた。
「あの、ここでは、ちょっと。人目がありますし!」
酒気で熱くなった身体を慌てて引き離そうとすると、それに歯向かうように彼女は胸元に頬を寄せてくる。やがて上目遣いでこちらを見上げ、にこっと目を細める。それがすこぶる可愛くて、たしなめようという気持ちは瞬時に消え去ってしまった。
「お会計はもうもらってるから。その酔っ払いさっさと連れて帰っちゃって」
しっしっと追い払う仕草をする先輩に「またね」と頼子さんはのんきに手を振っている。僕は軽く頭を下げてから、その手を握り、店をあとにした。