転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 ──何も食べられてないし、壁際でじっとしてるのがいいかな。絡まれそうだけど……そうしたら中にいるより中庭に出た方が……

 そう考え込んでいると、澄んだ青い瞳と目が合った。王太子に覗き込まれていることに気付いて、アシュリーは固まる。

「──と言うことでどうかな?」
「い、いと思います」

 どうやら考え込んでいる間に何やら提案されていたらしい。条件反射で頷いてしまったが、肝心の内容がアシュリーにはまったくわからない。

「聞いていたね、ヴィルヘルム」
「はっ」
「シェリー嬢を宜しく頼むよ」

 王太子の口から呼ばれた名前にアシュリーは思わず固まる。名前を呼ばれ、一歩近付いてきたのは先ほど視線を逸らされたヴィルヘルムだった。

「以後、お相手を務めさせて頂きます、ヴィルヘルム・ラインフェルトと申します」

 胸元に手を添えて、礼をされる。ヴィルヘルムからすれば面識はないだろうが、アシュリーは彼のことを知っているのでひどく居心地が悪かった。
 どうやらアシュリーはとんでもない申し出に肯定の返事をしてしまったらしい。

「……お噂はかねがね伺っております。若くして騎士団の副団長を務める、とても優秀な方だと」
「光栄です」

 真っ白い手袋に覆われた手を差し出され、アシュリーもまた作法に則って指先を差し出した。
 手の甲にひとつ、口付けが落とされる。触れた箇所から広がる熱にアシュリーはどきりと胸を跳ねさせた。
 だが同時に突き刺さる令嬢からの視線が鋭さを増して、アシュリーは現実に帰る。
 たとえ変装して別人になりきってはいても、どこからシェリーがアシュリーの変装した姿だと漏れるかわからない。必要以上の接触は避けるのが最善だ。
 口付けを落とされた手をそっと引く。

「ですが、もう一度考えてみればそのような方にわざわざお相手をして頂くなんて申し訳なく思います。わたくしはひとりでも問題ありませんので、どうぞお仕事を続けてください」

 アシュリーは頑張って頬を持ち上げて笑みを作りながら、やんわりと断りを口にする。
 言葉にした理由に嘘はない。彼が駆り出されたのは王太子の身柄を守る警備のためで、けして隣国から遊学に来た侯爵家の令嬢の相手をすることではないはずだ。
 だがそれと同じぐらい、ヴィルヘルムには醜態を晒したところを見られたくなかった。彼に傍にいられたら緊張で何を口にしているかわからなくなってしまうだろう。
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