転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
ヴィルヘルムの深紫色の瞳に映るのは、図書館司書をしているアシュリーではなく、隣国から遊学に来ているシェリーという貴族の令嬢だった。
「──今日が終われば、すべて忘れます。ですからどうか、わたしを今夜だけ……あなたの恋人にして、ください」
アシュリーだったら絶対に口にしない言葉だ。一夜の慈悲を強請るなんて、考えたこともなかった。
けれどシェリーは、今夜だけのために作られた偶像。この夜が終われば、現れることは二度とない。だからこそ、こんなことが言えたのだろう。
見上げる──ヴィルヘルムからすれば、上目遣いに等しい角度だ──ような形になりながら、アシュリーは今まで言えなかった言葉を、静かに口にした。
「あなたをずっと、お慕いしておりました」
驚いたような顔で、ヴィルヘルムはアシュリーを見つめた。
きっと彼にとっては予想外の言葉だっただろう。
はしたないと手を振り払われる覚悟もしていたし、冷たい瞳を向けられることも、仕方がないと思っていた。
覚悟を決め、笑みすら浮かべた表情でアシュリーはヴィルヘルムの返事を待つ。
気付けば辺りに人は誰もいなかった。静寂がふたりの間に広がる。
それから間もなくして沈黙を破ったのは、アシュリーの予想とは反したヴィルヘルムの行動だった。
彼は軽々とアシュリーを抱え上げたのだ。そしてそのまま中庭を進み、近道をして城の方向へと戻っていく。ただしその方向は踏会が行われている大広間へ続く道ではなかった。
「俺が良いと言うまで、顔を上げないでいてくれるか」
抱き上げられたとき、思わず伸ばした腕をヴィルヘルムの首に巻き付けると、彼はそう言って首元に顔を埋めるように促してきた。
いつもと同じ冷静な表情なのに見下ろす瞳には熱が孕んでいて、気付いたらアシュリーは言われるがままに彼の首元に顔を埋めていた。
だから一体どういう道筋で城内に戻ってきたのか、アシュリーにはわからない。
けれど二度ほどヴィルヘルムが騎士団の部下らしき男性と話した声は、耳に入った。
恐らく一度目が城内へ続く扉を潜る前、そして二度目が、この部屋へと通される前のことだ。
何かあったらお呼びくださいと声を掛けられ、その人が出ていったあと、部屋の扉が閉ざされる。
「──今日が終われば、すべて忘れます。ですからどうか、わたしを今夜だけ……あなたの恋人にして、ください」
アシュリーだったら絶対に口にしない言葉だ。一夜の慈悲を強請るなんて、考えたこともなかった。
けれどシェリーは、今夜だけのために作られた偶像。この夜が終われば、現れることは二度とない。だからこそ、こんなことが言えたのだろう。
見上げる──ヴィルヘルムからすれば、上目遣いに等しい角度だ──ような形になりながら、アシュリーは今まで言えなかった言葉を、静かに口にした。
「あなたをずっと、お慕いしておりました」
驚いたような顔で、ヴィルヘルムはアシュリーを見つめた。
きっと彼にとっては予想外の言葉だっただろう。
はしたないと手を振り払われる覚悟もしていたし、冷たい瞳を向けられることも、仕方がないと思っていた。
覚悟を決め、笑みすら浮かべた表情でアシュリーはヴィルヘルムの返事を待つ。
気付けば辺りに人は誰もいなかった。静寂がふたりの間に広がる。
それから間もなくして沈黙を破ったのは、アシュリーの予想とは反したヴィルヘルムの行動だった。
彼は軽々とアシュリーを抱え上げたのだ。そしてそのまま中庭を進み、近道をして城の方向へと戻っていく。ただしその方向は踏会が行われている大広間へ続く道ではなかった。
「俺が良いと言うまで、顔を上げないでいてくれるか」
抱き上げられたとき、思わず伸ばした腕をヴィルヘルムの首に巻き付けると、彼はそう言って首元に顔を埋めるように促してきた。
いつもと同じ冷静な表情なのに見下ろす瞳には熱が孕んでいて、気付いたらアシュリーは言われるがままに彼の首元に顔を埋めていた。
だから一体どういう道筋で城内に戻ってきたのか、アシュリーにはわからない。
けれど二度ほどヴィルヘルムが騎士団の部下らしき男性と話した声は、耳に入った。
恐らく一度目が城内へ続く扉を潜る前、そして二度目が、この部屋へと通される前のことだ。
何かあったらお呼びくださいと声を掛けられ、その人が出ていったあと、部屋の扉が閉ざされる。