転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 扉が閉められてしばらくしてから、ヴィルヘルムは止めていた足を進めた。しばらくすると、アシュリーの体がそっと、柔らかいものの上に降ろされる。

「シェリー」

 恐る恐る顔を上げると、大きな手で頬を撫でられた。真剣な眼差しが降り注ぐ。

「逃げたければ、今ここでこの手を振り払って欲しい。これ以上進めば俺はきっと、あなたを二度と離せない」

 誘ったのはアシュリーの方なのに、ヴィルヘルムは逃げ道を与えてくれた。
 その問いに、アシュリーはそっと首を横に振る。
 初めての経験に恐れを感じなかったと言えば嘘になる。だけど、逃げようとは考えなかった。

「離さないで。……わたしもヴィルヘルム様の、お側にいたいから」

 この気持ちが少しでも届きますようにと、アシュリーは頬に触れたヴィルヘルムの手に自分の手のひらを重ねて想いを伝えた。
 ふたりの視線が交わり、そしてくちびるが静かに重ねられた。啄ばむように何度も口付けられる。優しくて、甘くて、そして触れるくちびるは優しくて、熱かった。普段のヴィルヘルムからは予想できないような甘い口付けにアシュリーは戸惑う。
 もしかしてこんな状況に慣れているのかと、不安と胸の痛みを感じた。
 けれど、ぬくもりが一瞬離れたとき、僅かに目を開けてヴィルヘルムを見た途端、そんな想いは吹き飛んでしまった。
 暗がりの中でもわかる。そこにいたのはいつもの彼らしくなく、熱の篭った瞳でアシュリーを見つめる、余裕のない表情を浮かべたひとりの男だったから。

「ぁ……」

 アシュリーの心臓が大きく跳ねる。
 ヴィルヘルムの瞳は真っ直ぐにアシュリーを見つめていた。求められているのだとわかり、くちびるから思わず期待するような声が漏れてしまう。
 アシュリーのその反応に嬉しそうに頬を緩めると、再びヴィルヘルムは彼女のくちびるを塞いだ。
 アシュリーが重ねたはずの手は、気付けばヴィルヘルムの大きな手のひらに包まれている。手をしっかりと握られ、いつの間にか腰まで抱かれていて、まるで逃す気などないと言わんばかりだ。

 次第に触れるだけではない口付けに変わっていく。
 背中に走る震えから逃げ出したくて後退りたいのに、ヴィルヘルムの腕がアシュリーの腰を抱いていて逃げることも叶わない。
 ぽろり、と生理的な涙が目尻を伝った。ヴィルヘルムの指先が、そっとその涙を拭ってくれた。
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