転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 恐らくこれ以上問い掛けてもアシュリーは何も言わないことがわかったのだろう。彼女はため息を吐いて、本棚から抜いた二冊の本を持つ。そして「机借りますわね」と言って、恋愛小説の並ぶ棚に隠れるように存在しているスペースの方へ向かっていった。
 そこには、読書するためのテーブルと椅子が用意されている。

 彼女を見送ると、アシュリーは仕事を再開するべく、返却された本の並ぶカートから本を抜き出す。そしてそれを、ジャンル別の棚のタイトルの並び順に戻していく。
 アシュリーは慣れた手つきでスペースを作り、本を差し入れた。早く済ませて、次の棚へ行きたい。そう考えて、指で背表紙をなぞっていたときだった。

「あ……」

 アシュリーの目にひとつのタイトルが飛び込んできて、途端に先日の出来事が脳裏に蘇ってきた。
 ──『一夜から始まる愛の行方』
 どきり、と胸が大きく鳴った。
 慌ててその隣に本を戻して、その場にはもう用がないと言わんばかりにカートを押す。

「……っ」

 自然と足が早足になって、仕事を回す速度が早くなった。
 考えたくないことがあると、アシュリーはすぐに仕事に走る。
 それが逃げだとはわかっていたけれど、今回のことに関して言えば解決策はどこにもないのだから、と自分に言い聞かせる。しいて言えば、きちんと割り切ることが解決策だ。

 ──食事、食べられなかったな……

 舞踏会で食べられるはずだった美味しい食事は、結局上司のお守りで手一杯で食べられなかった。特別手当の件はあの夜の翌日ローウェルから話があったけれど、アシュリーはそれを断った。きちんと仕事を全うできなかったから。
 そしてヴィルヘルムとは、あの夜逃げるように別れたきり会えていなかった。タイミングが悪いということもあるし、アシュリー自身が彼から逃げているということもある。
 理由は単純で、次に会ったときどんな顔をすればいいのかわからなかったのだ。

 ──《シェリー》がわたしだって、ヴィルヘルム様は気付いてない。だから、普通でいれば大丈夫。
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