転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 気持ちを逸らすために別のことを考えようとしたけれど、結局考えるのはあの夜のことで、ヴィルヘルムのことになってしまう。

 数日の間、体を悩ませていた筋肉痛は今はもう感じない。肌に残された痕も消えてしまった。
 残ったのは、想い出だけ。
 ヴィルヘルムと過ごすことのできた想い出という記憶だけを持って、他は数日前のあの夜に、あの部屋へ置いてきたはずだった。囁かれた甘い言葉も、気遣うように触れる熱も、彼の優しさも、すべて。
 こうなったのは自分が望んだことだから後悔はしていない。けれど自分の我儘に付き合わせて、彼の──ヴィルヘルムの手を煩わせてしまったことだけが気掛かりだった。
 
 ヴィルヘルムに身を捧げたあの夜、アシュリーが目覚めたのはまだ太陽が昇らないうちだった。
 目を覚まして、隣に温もりがないことに気付く。部屋の中のどこにもヴィルヘルムがいないことに落胆して、そして安堵した
 眠りから覚めた頭が鮮明になっていくと、まず思ったのはヴィルヘルムが万が一帰ってくる前にこの部屋からいなくならなければ、ということだった。
 誰かに追い立てられたわけではなかったが、ただこの場から早く消えなければと考えていた。

 けれど、そのときのアシュリーにとっては部屋から出ていくということは何よりの難題で。
 何しろ身動きしようとすると、痛みが走る。どこにというのは省略させてもらいたいが、ずきずきと痛む体を誤魔化しながら何とか床に足を付け、急いで衣服を身に付けていく。
 コルセットはひとりでは付けられない。付けるのは諦めて、ひとまずドレスを着るが色々と心許なく、その上見えているところには先ほどまでの時間が嘘ではないとわかるようなしるしが色々と付けられていて。
 このままで外へ出るのはさすがのアシュリーでも躊躇われ、悩んだ末に部屋中を見回して使えないものがないか探す。
 さすがに衣類のようなものは何もなかったが、綺麗に畳まれた替えの薄手のカーテンを見つけ、それを裂いて、ショール代わりにした。
 余ったカーテンでコルセットや諸々のものを包み、少しでもマシに見えるように鏡で確認する。いかにもな可愛らしいものではなく、大人しめなデザインだったのが幸いして少なくともぎょっとしたような格好ではない。
 それでも凝視されたら何かあったと気付かれてしまうだろうが、そこに関しては人に会わないことを願うしかない。
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