転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 逃げられないことを悟り、観念して着ていたものを脱ぎ始める。そして、視線を向けた先にあった鏡に映る自身の体を目にした瞬間、頬の熱が急速に上がっていった。
 ここまで案内してくれた侍女が、どうしてアシュリーをひとりで浴室に押し込んだのかが、今ならわかる。
 アシュリーも暗がりの中、部屋の鏡で一度は確認したはずだった。けれど、時に暗闇は一部の真実を隠すことがある。
 首筋を指で撫で、そして、少しずつ下ろしていく。肩口、胸元、腰に腹。くるりと回って背中を鏡に映せば、そこにも残るしるし。
 ヴィルヘルムの付けた口付けの痕が、至るところにあった。
 嬉しいと思う反面、涙と切なさが込み上げてきて、アシュリーは慌てて目尻を擦る。髪の染料を落とし、汗を流し、甘い匂いのする湯にしっかり浸かって、そしてちょっとだけ泣いた。

 浴室に用意された着替えはやはり見覚えのないもので、下着もアシュリーがもともと身に付けていたものではなく、泊まる他に選択肢がないことを思い知らされる。
 浴室を出るとそこには先ほどの侍女が逃がさないと言わんばかりに待機していて、そのまま客間に案内された。

「おやすみなさいませ」

 と侍女が出て行くと、ひとりになった部屋で、アシュリーは緊張の糸がプツンと切れたようにベッドに倒れ込んだ。
 その途端、今まで我慢していた睡魔が一気に襲ってくる。

 ──泊まるようにってことは、やっぱり館長に怒られるのかな……

 ぎゅうとベッドシーツを掴む。
 アシュリーの意識はそこで途絶え──次に目覚めたときには、朝になっていた。
 窓の外で鳥が柔らかな声で鳴き、途端に現実が帰ってきてアシュリーは慌てる。
 急いで支度をして、一度部屋に戻って、それから仕事へ行かなければ──ぐちゃぐちゃになった頭で考えるけれど、上手く考えと体が伴わない。
 その上、腰から下が重く、痛みを訴えてくる。辛うじてアシュリーがベッドから足を下ろしたとき、扉がノックされた。

「おはようございます、アシュリー様。お加減はいかがでしょうか?」

 返事をすると扉が静かに開かれる。入ってきたのは、昨日世話になった侍女だった。

「だ、大丈夫、です」
「ですが、あまり顔色が良くないご様子。お休みを取られ……たくはないようですね」

 勢いよく首を横に振ると、彼女はアシュリーの言いたいことをわかってくれたらしい。肩を竦めて苦笑した。
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