転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 決してやましい気持ちがあったわけではなくて。
 雰囲気に飲まれたことは確かだけれど、そんな考えはまったく浮かばなかったからだ。
 好きだから、傍にいたかった。愛されたという記憶が欲しかった。それが例え、一夜だけの温情の愛でも。

 だけどそれはアシュリーの身勝手な言い訳だ。
 事情を知っているローウェルからしたら、婚約の話を白紙にするためにヴィルヘルムを誘ったと受け取られてもおかしくはない。
 ただ、後者の問いにだけは、アシュリーは胸を張って否と答えることができる。相手がヴィルヘルムだったから、あんな大胆なことを口にしたのだ。
 もし別の男性だったなら当たり障りのない会話をして適度に切り上げるか、もしくは体調が悪いと言って躱そうとしただろう。
 ローウェルにどう思われようと、アシュリーに後ろめたい気持ちはない。ならば真っ直ぐに目を見て、伝えればいい。
 アシュリーは視線を上げ、きちんとローウェルの目を見ながら口を開いた。

「……そう取られてもおかしくないことをしたと、自覚はしています。ですが、婚約を白紙にするためにラインフェルト副団長を誘ったわけではないし、相手が誰でも良かったわけでも、ありません」
「ふうん……なら、もし縁談の相手に昨日の夜のことが知れたらどうするの? 家柄的には相手の方が上で、実質君の家は断れない。なのにアシュリーちゃんの意思を尊重してくれるぐらい、相手は君のことが好きみたいだ。逆上して突き放される可能性もあれば、不貞をしたから婚約、結婚しろと迫ることもあり得るよね」
「あ……」

 鋭い返しにアシュリーの口からは次の言葉が出てこなかった。
 王族に嫁ぐ場合でない限り、望ましくはあるものの、清い体であることはあまり重く見られない。
 ただし、貴族の中にも重要視する者はいて、アシュリーにもたらされた縁談の相手がそう言った人物でないとは言い切れなかった。
 突き放されたら、家からも縁を切られるだろう。そのときは受け入れてくれる修道院を探し、そこでひっそりと暮らしていくつもりだった。
 けれどもし、逆に婚約を迫られたら?
 自分に自信がない彼女は、突き放されたときのことは考えられても、それでもと望まれたときのことは考えすらしていなかったのだ。
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