転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 ローウェルが入室の許可を出すと、執事らしき壮年の男性とカートを押した侍女たちが入ってきて、テーブルの上に朝食が並べられる。
 狐色に焼けたパン。甘酸っぱい香りのするジャム。デミグラスソースのかかったオムレツ。マッシュポテトに色とりどりのサラダ。カリカリに焼けたベーコン。
 ふわりと香り立つのは、湯気の立った鮮やかな水色(すいしょく)の紅茶だ。
 ごくり、とアシュリーの喉が鳴った。

「とりあえず朝食用意したから食べて。食べ終わったらアパートまで送らせるから、一回着替えて、それから出勤すること。今日は呼び出さないからデスクワークでちゃんと働いて定時に帰るのがアシュリーちゃんの仕事ね」

 有無を言わさない口調だったが、それはアシュリーのことを気遣ってのことだとわかってしまった。
 紅茶を啜ってから、ローウェルはアシュリーに視線を向ける。

「返事は?」
「は、い、……っありがとう、ございます、館長」
「どーいたしまして」

 勧められて飲んだ紅茶も口にした朝食も、どちらもとても美味しかった。
 食事中、ローウェルが野菜が食べたくないとゴネて、執事に論破されて食べさせられていたり、節度を守りつつも、使用人たちはローウェルに対して躊躇がなく、予想以上に賑やかな食事に驚く。
 そうして楽しく食事をしたアシュリーは、ずっと世話をしてくれた使用人の彼女にアパートまで送ってもらい、同じ服を連日着ては邪推されやすいからと別の仕事服に着替え、職場へと向かった。

 ローウェルは本当にアシュリーにデスクワークしかやらせないつもりらしく、出勤すると、机の上が書類まみれになっている。それらを一心不乱に片付けていたらいつの間にか定時になっていた。

 ──仕事をしている間は、ヴィルヘルムのことを考えずに済む。

 そのことに気付いて数日──今日まで、アシュリーはこれでもかと仕事に逃げていた。
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