転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
3-4
 笑え、と自分に言い聞かせても頬の筋肉が言うことを聞いてくれなくて、上手く笑えそうにない。
 引き攣った表情を向けるよりはこのままこの場から去った方がいい。そう判断したアシュリーは、ヴィルヘルムから距離を取るように半歩後退した。

「すみません、仕事が立て込んでいて……案内はここまでで失礼致します。館長室は、この先にありますので。……恐らくノックしても返事はないと思いますが、そのまま入っていただいて大丈夫です」

 この場から早く逃げ出したくて、アシュリーは理由を付け、この場から立ち去ろうとした。
 ヴィルヘルムなら恐らくそのままアシュリーを見送ってくれるだろう。……そう思って、いたのだが。

「……っ?!」

 伸びてきた手がアシュリーの腕を掴む。自然と足も止まってしまい、アシュリーは困惑げに振り返った。
 この場にはアシュリーとヴィルヘルムしかいないので、アシュリーが腕を掴まれているなら掴んでいるのはヴィルヘルム以外に有り得ない。
 恐る恐る、視線を上げる。

「行かないでくれ」

 真っ直ぐに彼の深紫色の瞳に見つめられ、懇願するような言葉を告げられて、アシュリーの心臓がどくんと大きく跳ねた。
 向けられた瞳に、この場から逃げ出そうとしたアシュリーの心を見抜かれてしまったような心地がする。
 ヴィルヘルムの言葉を誤魔化すための理由を口にしようにも、喉が震えて声が出ない。声を出した方がボロを出してしまうと思ったアシュリーは口を閉ざし、くちびるをぎゅっと噛み締めた。
 彼の視線から逃れるように、アシュリーの目線は下に落ちる。

「すまない、俺はあなたに嘘を言った。先ほど話した相談事は、俺自身の話だ」

 静かに、ヴィルヘルムの声が降ってくる。
 あくまでも憶測だったことが、彼の言葉で確信に変わり、刃となって心に刺さっていった。
 じわりじわりと目尻が熱くなっていく。ぎゅうと瞳を閉じて、溢れそうになる涙を堪える。
 これ以上この場にいたら醜態を晒してしまうだろう。
 ぎこちなくても笑みを作って、彼を応援する言葉を伝えて……頭の中ではわかっているけれど、体は思ったように動いてはくれない。
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