転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 この場から、ヴィルヘルムの前から消えてしまいたい。そう思うアシュリーとは反対にヴィルヘルムは腕をしっかりと掴んで、まるで逃す気はないと言いたげだ。

「相談という体で話をすれば、あなたの気持ちを知ることができると思った。……結果は失敗して、逆に誤解させ、悲しませてしまった」

 苦々しげな口調で、ヴィルヘルムはそう言った。
 けれどその言葉には含みがありすぎて、アシュリーは意図を掴み損ねる。
 彼の表情を見れば何かがわかったかもしれないが、今顔を上げたら泣き顔を晒してしまいそうで、無闇に顔を上げられなかった。

「だからこれ以上すれ違う前に、あなたの助言通り、きちんと話をしようと思う」

 そう言ってヴィルヘルムは僅かに腕を掴む力を強くする。そして、しっかりとした声で言葉を続けた。

「アシュリー嬢、あなたに話したいことがある。今日、仕事が終わったら時間をもらえないだろうか」

 ヴィルヘルムの言葉を聞いた瞬間、アシュリーは反射的に顔を上げてしまった。見上げた先で、彼と目が合う。彼の瞳には偽りの色も冗談めいた光も、どこにもなかった。
 先ほどとは違う感覚で、頭の中が、心の中が、ぐるぐると掻き混ぜられる。

 どのように想いを伝えられるのが嬉しいのかと相談されて、アシュリーは何も飾らないストレートな言葉で言われるのが嬉しいと答えた。
 知り合いの話だと言うことだったけれど、実はそれはヴィルヘルム自身の話で……どうもその相手から最近避けられているように感じる、嫌われてしまったのだろうかと不安がる彼にきちんと話をした方がいいと助言して。
 そして今、アシュリーはヴィルヘルムに、話したいことがあると告げられている。

 驚きのあまり、堪えていた涙が瞳から溢れて、頬を伝った。

 驚きで動けないアシュリーの頬に躊躇いがちにヴィルヘルムの手が伸ばされ、そっと指先が涙を掬う。

「……それともやはり、俺は《あなたに》嫌われてしまったのだろうか」

 その声はどこか悲しげな音をしていて、慌ててアシュリーは首を横に振った。

「良かった」

 ほっとしたようにヴィルヘルムの頬が僅かに緩む。その表情はどこか可愛らしくて、どきりとした。
 けれどアシュリーの心はまだ困惑で揺れていて、どう返事をするのが正しいのかわからず、言葉に詰まる。

 ──だってこれではまるで、ヴィルヘルムの想い人がアシュリーなのだと言っているように聞こえるのだ。
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