転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 ──部屋に戻ったら、婚約の話を前向きに進めたいと実家に手紙を書こう。

 そうしたら両親はきっと、そう遠くないうちに相手に会う機会を設けてくれるはずだ。そのときに相手の方にはきちんと清い身ではないことを伝えて、その上で改めて考えてもらおう。
 婚約の話が破談になったときは、家を出て修道院に行く。
 掴まれていない方の手をぎゅうと強く握ると、爪が少しだけ食い込んで痛んだ。
 ヴィルヘルムにとっては望まない答えだろうけれど、アシュリーは返事をするべく、口を開いた。

 ……けれど口を開くのと同じタイミングでどこかの扉が開く音がして、アシュリーは開きかけた口を閉ざしてしまう。
 音の方向にある部屋は、ひとつだけだ。視線を向けると、いつものだらしない格好であくびをしたローウェルが館長室から出てくるところだった。
 彼は廊下の真ん中にいるアシュリーとヴィルヘルムに気付くと、掴まれたアシュリーの腕を見るなり目を細める。

「良いところを邪魔しちゃったかな」

 含みのある笑みでそう言われて、冷めかかっていたアシュリーの頬が再び赤くなっていく。

「……アシュリー嬢」

 羞恥心のあまりアシュリーが何の反応も返せないでいるとヴィルヘルムに名前を呼ばれて、思わず、びくりと肩が揺れた。
 視線を上げると、不安げに揺れる瞳とぶつかる。

「仕事は定刻に終わるだろうか」
「な、にもなければ……終わると思いま、す」

 アシュリーが辛うじて絞り出した声は掠れてしまった。

「なら、その時間に迎えに来る」
「ラインフェルト副団長、わたしは……っ」

 彼の告げてくれた言葉に対する回答は、もう出ている。けれど、出した答えを口にするより前にアシュリーはヴィルヘルムに腕を引かれ、抱き締められていた。
 腰に腕が回り、力強いその温もりに舞踏会の夜を思い出して、体が熱くなる。

「まだあなたに伝えていないことがある。告白の返事は、それをすべて聞いてから教えて欲しい」

 目を見開いたアシュリーの耳にヴィルヘルムの囁きが落ちてくる。
 抱擁はすぐに解かれて、掴まれていた腕の拘束もなくなると、そのことに少しだけ寂しさを感じてしまう。
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