転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 冷静そうな口調だったので、てっきり涼しい顔をしているのかと思ったが、アシュリーが顔を上げた先に映ったヴィルヘルムの頬はまだ赤みを帯びていた。

「……引き留めて、すまなかった。また後で」

 掛けられた言葉に戸惑いがちに頷くと、ヴィルヘルムは僅かに頬を緩ませてからアシュリーに背中を向けた。
 彼が足を向けた先には面白そうな顔でふたりのやり取りを眺めていたローウェルがいる。

「君たち見てると、お互い初めての彼氏彼女っていう中学生くらいの初々しいカップル見てるみたいで面白かったのに。とうとう丸く収まっちゃうのかと思うと、名残惜しいものがあるよね」
「……」
「そんな怖い目で睨まれたら、アシュリーちゃんにも怖がられちゃうと思うなあ」
「……お前とアシュリー嬢を一緒にするな」

 揶揄するような口調で、ローウェルはヴィルヘルムに話しかける。その声は面白そうで、楽しげで、そしてどこか嬉しそうだった。
 アシュリーはふたりの姿が館長室の方へ遠ざかっていくのを、ただぼうっと見つめる。
 そして不意に、ローウェルが足を止めて、振り返った。

「アシュリーちゃん、一先ず難しいことは考えないで、気持ちのままに動いてみることも、たまには大事だと思うよ」

 館長室の中にいたローウェルに、アシュリーとヴィルヘルムの会話は聞こえていないはずだ。聞いていたのは、仕事が終わってから会うという約束を取り付けたところのみ。
 なのに彼は話を聞いていたように適切な助言を寄越してくるのだから、恐ろしい。息を呑んだアシュリーに、ローウェルは口角を上げて楽しげに笑った。
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