転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 彼が何も喋らない、ということもアシュリーを落ち着かなくさせる理由のひとつだった。
 足のコンパスが違うので、普通に歩いているヴィルヘルムとは違い、アシュリーはどうしても小走りになってしまう。
 たまたま一緒に同じ目的地に向かうときに隣を歩くことがあったが、そのときにこんなことはなかった。
 考えてみれば、わかることだ。恐らくヴィルヘルムがアシュリーに足の速さを合わせてくれていたのだろう。

「ラインフェルト副団長、待ってください……!」

 女性としては決して足が遅い方ではなく、寧ろ早い方だと思っているが、さすがに追うのが辛くなってきて、アシュリーはヴィルヘルムに呼び掛ける。
 同時に一旦足を止めて欲しくて、彼の羽織っている上着に手を伸ばし、控えめに引っ張った。
 直後に、大袈裟に肩を震わせたヴィルヘルムが足を止め、アシュリーは彼の背中に軽くぶつかることになってしまう。
 それほどの痛みはなかったので、ゆっくりと離れながら上目遣いがちに見上げると、恐る恐ると言ったように体を反転させて振り返るヴィルヘルムと目が合った。
 一瞬の間があって、じわじわとヴィルヘルムの頬が赤く染まっていく。すぐに彼は視線を逸らしてしまったけれど、耳元まで赤くて、アシュリーの顔もつられて熱くなってしまう。

「す、すまない」
「い、いえ……こちらこそ、申し訳ございません」

 それきりお互いに気まずくなり、会話が途切れてしまった。
 傍から見れば不思議な光景だっただろう。成人した男女がお互いの顔を見ないようにしながら真っ赤な顔をしているのだから。
 だが、そのことを指摘する第三者が現れることはなく、ふたりは黙ったまま、赤くなった顔を隠すのに──心の中に感じた気持ちを押し留めるのに必死になっていた。

「──あの!」

 このままでは駄目だと、先に静寂を破ったのはアシュリーの方だった。

「わたしたち、どちらへ向かっているんでしょう……?」
「あ、ああ、騎士団の兵舎の……俺の執務室へ向かうところだ」

 意を決して問い掛けると、一瞬肩を揺らしたヴィルヘルムはまだ僅かに赤い顔をこちらに向けて、すぐに答えをくれた。
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