転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
「ゆっくり話ができるところと言えば、そこぐらいしか思い付かなかった。男ばかりで、あなたにとってはあまり好ましくないところだと思うが……申し訳ない」

 眉を下げてヴィルヘルムは言った。
 彼の言葉に驚いて返事をできずにいると、何やら慌てた彼が言葉を続けてくる。

「兵舎の中に団員はいるが、執務室には俺とふたりになる。それが心配なら、あなたの信用に足る人物を付けてもらって構わない。何なら、ローウェルを呼ぶでもいい」

 ローウェルの名前を出した瞬間、ヴィルヘルムの声音が若干強張った。
 ローウェルのことが嫌いだからこんな表情になるわけではないのだろう。そのことは彼らの関係や、やり取りを見ていればわかる。
 ただ、ローウェルが話に顔を突っ込んできたときが少し厄介なのだ。アシュリーとてその厄介の渦中に置かれるのは御免被りたかった。
 だが、このまま言葉に迷って返事をできずにいたらヴィルヘルムが直接ローウェルを呼びに行きそうで、アシュリーは急いで首を横に振る。

「違うんです。ラインフェルト副団長のことは信頼しているので、そういった心配はしていません。ただ……」

 呼吸をひとつしてアシュリーは顔を上げる。すると、少し複雑そうな顔をしたヴィルヘルムがアシュリーを見つめ返していた。
 その表情に少し疑問を感じつつ、言葉の先を口にする。

「城で働いていると言っても、わたしは騎士団とは関係ないただの図書館司書です。そんな人間が騎士兵舎の執務室にお邪魔しても大丈夫なのでしょうか」
「城に上がる前に行われた身辺調査でアシュリー嬢の身分は保証されている。そして何より、俺があなたを信用しているから、問題はない」

 僅かに微笑みを浮かべたヴィルヘルムに見つめられて、アシュリーは眼を見張る。
 何度かヴィルヘルムの表情が緩んだ瞬間は見たことがあるが、こんなの、慣れるはずがない。

「あなたが良ければこのまま向かいたいと思うが、大丈夫だろうか?」

 追い掛けられてアシュリーはこくこくと頷く。
 首肯だけで返事をしたのは、ヴィルヘルムの笑みに見惚れていて言葉が出てこなかったからだ。

「……今度はもっとゆっくり歩くようにする」

 そう言い加えて、ヴィルヘルムは再び歩き出した。
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