無能な邪魔者のようなので消えて差し上げます~手紙を残して消えた令嬢と、彼女を利用した人々の破滅について~

プロローグ

 その男サイラス・グレーは、どうして自分が誰からも顧みられることのない無意味で惨めな存在にまで落ちぶれてしまったのか?その理由すら分からずにいた。
 少し前までは、伯爵家当主として使用人達からは傅かれ、愛する妻と娘に囲まれて何不自由なくひたすら楽しく暮らしていたのに。
 当主業務なんて煩わしくて些末なことは、前妻から生まれた可愛げのない娘クレアがすべて勝手に終わらせるのだから、自分はただ贅沢をして怠惰に過ごしているだけで良かったのに。
 自分は何も変わっていないのに、どうして周りが変わってしまったのか。

 だけどそんなサイラスでも自分がこうなってしまったきっかけが、クレアの失踪だったということにはさすがに気が付いていた。

『これまでの境遇に思うところはありますが。これ以上あなた達に私の時間を使いたくないので、復讐は致しません。
 もう二度とお会いすることもないでしょう。さようなら。』

 クレアがそんなふざけた内容の手紙を残してある日突然消えた後から、サイラスの人生はめちゃくちゃになったのだ。
 だけどサイラスには、なぜクレアが失踪したのかその理由すらも分からなかった。
 クレアは自分の娘なのだからどんなに雑に扱ったとしても、どうやって踏みつけたとしも何の問題もないと、本気でそう考えていたから。
 クレアが自分に歯向かうことなんてありえなくて、父親である自分のために働くことに何の疑問も感じない存在なのだと、本気でそう思っていたから。
 だからサイラスは、クレアが失踪したことに対して怒りしか感じなかった。
 邪魔な前妻がやっと死んだ時に追い出したって良かったのに、自分の代わりに当主業務が出来るからとただそれだけの理由で屋敷に住まわせてやっていたのに。
 そんな自分の慈悲に感謝こそすれど業務を放り出して勝手に失踪するなんて、可愛げがないだけでなくなんて自分勝手で我儘な娘なのだ、と。
 
 そんな考えでいるサイラスは、想像もしたことがなかった。
 クレアがどんな思いでサイラスの代わりに当主業務をしていたのか。
 父親から蔑ろにされ、都合の良い駒として適当に扱われ、それに対してクレアという個人がどう感じて、何を考えていたのか。 
 まだ十五歳に過ぎない世間知らずの貴族令嬢であるにもかかわらず、どうして家を出るだなんて決意をするに至ったのか。
 サイラスは、クレアの心情を想像することすらしたこともなかった。

 だからそんなサイラスは、これからも一生知ることはない。
 自分が軽んじて人生を踏みにじったクレアが、自分達を捨てたことで『光り輝く幸福な人生』を手に入れたことなんて。

 サイラスはただこれからの人生を、自分の何が悪かったのかに思い至ることもなく、現状に不満を抱えて消費していくだけなのだから。

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