【執着兄弟の溺愛シリーズ】エリート救急医は契約結婚した妻を極上の執着愛で囲い込む
 パスタを食べ終えた後、食後のコーヒーとともにデザートの苺のジェラートが運ばれてきた。
「わぁ、美味しい」
甘酸っぱい苺の味が口いっぱいに広がりついつい顔が綻ぶ。
その時、バチッと氷室さんと目が合ってしまった。
すると、氷室さんは私から素早く目を背け、首筋を擦った。
 その瞬間、ふと頭の中に残像のようなものが浮かび上がってくる。
不思議なことに、今まで出会ったことのある人も、今の氷室さんと同じことをしていたような気がする。
でも、それが誰なのか思い出せない。
「あのっ、氷室さんと私……どこかでお会いしたことはありませんか?」
「ありません」
 氷室さんはピシャリと私の言葉を否定する。
『ですよね』と心の中で呟きつつ、ジェラートを食べ終えた私はそっと氷室さんに目を向けた。
「私、実は半年前に事故にあって、事故前後の記憶が曖昧なんです」
 私の言葉に医師としての興味が湧いたのか、氷室さんが真剣な表情でこちらを見つめた。 
 昨年の十一月、雨の降る寒い日だった。
歩道を歩いている時、近くで大きなクラクションが鳴った。ハッとして音に目を向けた時には、私めがけて軽自動車が突っ込んでくるところだった。
差していた傘が宙を舞った。
 撥ねられて地面に体を叩きつけられる。濡れたアスファルトからは雨の匂いがする。
ぼんやりとした意識の中、バシャバシャと水たまりを激しく蹴り上げる音が近付いてくる。
『河合さん!』
男性が私の名前を呼んだ。目を開けると、そこにはひとりの男性が立っていた。 男性は痛みと恐怖で震える私に向かって『ごめん、俺のせいで……』と苦し気に呟いた。
「幸いにも頭に切り傷を負ったのと手足を擦り剥いた程度で命に別状はありませんでした。でも、事故のショックなのか当時の記憶がおぼろげなんです。だから、駆け寄って声をかけてくれた男性のことも思い出せなくて……」
ただ男性が『君は俺が必ず助ける』と決意を込めたように力強く言ってくれたことだけは記憶している。その後、意識を取り戻すと私はベッドの上にいた。
 担当してくれた医師の話によれば、その男性は救急車に乗り込み病院まで付添ってくれたのだという。
 頭の切り傷からはかなりの出血があったため、対応が遅ければ危険だった可能性もあったらしい。けれど、男性が迅速で適切な応急処置を施して救急隊員へ引き継いでくれたお陰で大事には至らずに済んだ。
担当医師には『あなたは運がいい。偶然その場に優秀な救急医がいてくれたから』と言われた。お礼をしたいと伝えたが誰に聞いても『個人情報は教えられない』の一点張りだった。
命の恩人が救急医の男性であることは分かったけれど、今も相手が誰なのか分からないままだ。
事故の後、意識は明瞭なものの頭を打っている可能性も考えて医師から三日間入院するように指示を受けた。
その間、駆け寄って来てくれた男性のことばかりが頭に浮かんだ。
彼はなぜ私の名前を知っていたんだろう。それに、『ごめん、俺のせいで……』という言葉の意味も分からないままだ。
でも、彼が駆け寄ってきた瞬間、私は何故か安堵していた。
もしかしたら以前からの知り合いだったのだろうか。スマホを確認するものの、連絡を取り合っている男性はいない。
結局どうしても思い出すことができないまま、半年という月日が過ぎてしまっていた。
< 13 / 72 >

この作品をシェア

pagetop