【執着兄弟の溺愛シリーズ】エリート救急医は契約結婚した妻を極上の執着愛で囲い込む
「助けてくれた人にお礼ができたらいいんですけどね……」
 氷室さんは難しい表情を崩しはしないものの、黙って最後まで私の話に耳を傾けてくれた。
「君がそこまで恩義に感じる必要はない。君を助けた相手は医者として当然のことをしたまでだ」
 ホットコーヒーを一口飲んだ後、彼は淡々とした口調で言った。
「それに、事故で記憶を失くすのは精神的なショックによる防衛反応だ。無理をして思い出そうとすれば辛くなることもある」
素っ気なく言って言葉を切った後、氷室さんは「そういえば」と話題を変えた。
「君のことは矢崎先生から話に聞いている。ご両親を亡くした後、妹さんとお祖母さんと三人で暮らしているんだって?」
「はい」
 今まで私には一切の興味がないという顔をしていたのに、突然どうしたのだろうと訝しがりながら頷く。
「君は……ええと河合さんはまだ二十六歳だったな。その若さでひとりで家族を支えていくのは大変だろう」
「まあ、そうですね……」
 私にとっては大変さ以上に妹と祖母を大切に思う気持ちの方が大きい。だから、両親が亡くなった後も支え合って暮らしてきた。
「そこで、提案がある。俺と契約結婚しないか?」
「……え?」
 氷室さんの提案に面食らって固まる。
「私と氷室さんが……結婚……ですか?」
 まさか冗談だろうかと聞き返すも、氷室さんは平然とした顔で頷く。
「ああ」
「ま、待ってください。どうして私なんですか?」
 私達は今日が初対面だ。しかも、さっきまで私には一切の興味がないという雰囲気を漂わせていたのに、どうして急に契約結婚だなんて……。
「君は俺にとって都合がいい相手だからだ」
「都合、ですか?」
「ああ。俺には心に決めた人がいるんだ。その人以外考えられない」
 氷室さんは淀みのないハッキリとした口調でそう告げた。
「心に決めたお相手がいるなら、どうして私に契約結婚を申し込むんですか?」
 尋ねると、氷室さんはほんのわずかに眉を寄せた。その表情はどことなく切なげに見える。
「……愛してるいるからこそ、だ。でも、君はまだその理由を知るべきではない」
「でも……」
「君はお金のため、俺はこれ以上女と関わらないため。お互いにとってこんなに好条件な関係はないだろう?」
 彼はまるでプレゼンでもするかのように話を続けた。
 氷室さんは救急医で仕事漬けの毎日を送っているのだという。すでに心に決めた女性のいる彼は、他の女性から言い寄られるのに辟易しているらしい。
 断ることに時間を割くのも無駄で面倒なことだと、彼は吐き捨てるように言った。
「俺が君を利用するように、君も俺を利用すればいい」
「利用ですか……?」
「ああ。愛ではなく、利害の一致によるきわめて合理的なパートナシップを結びたい」
 氷室さんの言葉に心がほんのわずかに揺れた。
 私の幸せと喜びは、妹の若菜と祖母が笑顔で暮らすことにある。特に両親を幼い頃に亡くし、辛く寂しい経験をした若菜には幸せになってほしい。 
『私はお姉ちゃんが結婚して幸せになるところを見たいの』
 そんな若菜の言葉が蘇ってくる。
 若菜が大学を諦めて就職しようとしているのは、金銭的な問題があるからだ。
 自身が進学すれば姉の私への負担が大きくなることを若菜は分かっている。
 若菜の進路の幅を狭めるようなことはしたくない。
できれば、我慢をせず自分の希望通りの進路に進んで欲しい。中学時代も家から通える学費免除の高校の特待生になれるようにと、寝る間も惜しんで夜中まで勉強をしていたのを知っている。
 もしも私が氷室さんと結婚すれば、金銭的な問題はなくなる。若菜だって希望の進路へ進める。
 祖母も私の結婚を望んでいる。
 ふたりの幸せを考えれば、悩む余地はない。
「……分かりました。そのお話、お受けします」
「そうか。ありがとう」
 真っすぐ彼の目を見つめて言う私に氷室さんは満足げに息を吐いた。
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