私を振った同級生ドクターの距離が近すぎます!〜もしかして、私のこと好きですか〜

20 反撃のチェックメイト

  

大きく深呼吸をする。ターゲットが、廊下の向こうからやって来た。
待合室で待つ患者がいる中で、東十条先生に声をかけた。

「お久しぶりです。東十条先生」

「藤川さん…どうしてここに?」

驚きから足は止めてくれたが東十条先生はあからさまに嫌な顔を作った。

「思い当たることがありますよね。今日はその話をしに来ました」

「もしかして鳴海っていう医者のこと? だったら訴えは取り下げる気はない。ここに来ても無駄だ」

「また嘘をついたんですね。鳴海先生は暴力は振ってはいません。早く訂正して謝罪してください」

「断る。謝罪するのはあちらのほうだ」

「お忘れかもしれませんが私にもきちんと謝ってください。手を出そうとしていたのは僕のほうでしたって」

私が屈することなく伝えると、彼は急に周囲を気にしだした。

「やめろっ。その話はもう終わっただろう。今更なんだっ。診察があるから僕はもう行くよ」

そう吐いて私の脇を通り過ぎようとした。すかさず、私はバックからあるものを取り出し、読み上げた。


『萌奈さん、今日はバレンタインだね。
インターコンスターチホテルのバーで20時に会おう。
こんな日に男から誘うなんてと思うかもしれない。
でも今日は想いを伝える日だろう。
君と時間を共有したい。
最高の夜にする自信がある。
一度でいい。僕を試してほしい。
――東十条』


これは当時、病棟の私の個人ポストに投函されていた東十条先生からのラブレター。
ご丁寧に”東十条”と直筆署名までしてくれている。
東十条先生の方が私を誘っていたという誤魔化しようのない証拠。


これが私が持つ東十条への最強の切り札だった。


これには待合中の患者も振り向き何事かと気にし始めた。私が読み上げた手紙が自分のものだと気づいた東十条先生は髪の毛を逆立ててリターンしてきた。そして私の手からすごい勢いで手紙を引き抜いた。それを思いっきり二つに切り裂いた。

「や、やめろっ。な、なんでこれをっ」

彼の顔色が青くなった。やはり効果絶大のようだ。

「ご自身で書いて私に送ったんじゃないですか。忘れたんですか?」

「そ、それは、す、捨てろよっ」

「では二枚目を読みます! 
『あの日、なぜ来てくれなかったの。綺麗な夜景を見ながら一人淋しくマティーニを飲んだ僕の気持ち、君に理解できるかい。君への想いが迷子になっている。今度は』――あっ」

最後まで読む前に取られてしまった。東十条先生は奪い取った手紙を団子の様に小さく丸めた。

「おいっ、やめないと警備を呼ぶぞ!」

謝るどころか今度は私を脅しだした。しかし、こちらには動かぬ証拠があるのだ。今更、あなたに屈する理由などない!

私はカバンから新たな証拠の束を取り出して東十条の前にかざした。

「全部、破ります? コピーは死ぬほどあるけど」

「いい加減にしろよ…」

青筋を立てじりじりと近づいてきた。私は怖くもなんともない。私は彼を鋭く見る。

「謝罪をしないとこれを三愛大学医学部第3医局 宮野教授のもとに届けますよ?」

「っく…」

彼が足を止め苦虫を潰した顔になった。それもそのはず。宮野教授とは東十条先生が所属する教室の教授。彼はこの教授の娘と婚約をしているのだ。

「…わかった。君には謝るからっ」

ついに東十条先生が罪を認めた。

「当然です。先生は二十三通もラブレターを私に渡したんですよ」

そう言って私はわざとらしく手紙をぱらぱらとめくって中身をのぞく。

「でも…内容が気持ち悪くて最後まで読むことはできなかったけど」

彼に本当のことを笑顔で教えてあげた。東十条先生は眉をひくつかせて悔しがる。

「早く嘘を認めて謝罪してください」 

「…藤川の件は悪かったよ。すまなかった。この通り」

そういって東十条先生は頭を下げた。手紙の効果もあり意外にも素直に私に謝罪してくれた。数か月前に私の胸に溜まったドロドロが綺麗に流れてゆくのがわかった。

(よかった……認めて謝ってくれて……)

しかし、本題は私じゃない。
こちらのほうが最優先で解決しなければならない。

「あとは鳴海先生の件です」

私が鋭い視線を送った。しかし今度は彼はすっと真顔になった。

「君たちいい仲なんだろう? だったら絶対に謝らない。二人で苦しんだら?」

東十条は口の端をゆるめ私を見下ろしてきた。私は猛烈に腹が立った。最後までなんて往生際の悪い男なのだろう。こんな最低男と関わったために、鳴海くんが窮地に立たされるなんて許せない。
  
 そっちがその気なら私も容赦はしない!

 鳴海くんの未来は私が守る!!

「なら仕方がありませんね。みんなに真実を知ってもらいましょう」

意を決して腕を振り上げた。私の手から離れた二十三通のコピーが、桜吹雪のように宙を舞う。
東十条が「あ……」と間抜けな声を出し、腕を伸ばす。しかし、紙の束は容赦なく外来の待合室へ散らばっていった。

異様な光景に、患者たちの視線が一斉に集まる。
ひらひらと床に着地した手紙を、野次馬根性に火がついた患者たちが次々と拾い上げ、読み始めた。

「や、やめろ! 読まないでくれ!」

床に這いつくばり、必死に紙をかき集める東十条。

(これが真実。誘ってきたのは、あなたの方。
 みなさん、どうかこの真実を病院中に広めてください)

数か月前の自分と重なる光景に、胸のつかえが取れていく。

「ばらまくなんて、なんてことするんだよ!」

青筋を立てて詰め寄る東十条。私は一歩も引かず、その醜い顔を正面から見据えた。

「そのセリフ、写真をばらまいた婚約者にも言ってやりなさいよ!!」

「っ……」

これ以上、この男に割く時間は一秒ももったいない。私は腕を組み、引導を渡した。

「鳴海先生に謝る気がないなら、私はこのまま宮野教授の元へ向かいます。さあ、どうしますか?」

「……わかった、謝る。謝ればいいんだろ!」

「今すぐ、若葉総合病院に電話を。一分一秒でも早く、鳴海先生の謹慎を解いてください」

「外来が終わったら……」

「今、この場ですぐに!」

自分のラブレターを無様に拾い集める男を、私は冷たく見下ろした。
こんな男でも待っている患者はいる。
けれど、若葉総合病院には、彼とは比べものにならないほど、鳴海先生を必要としている人たちが大勢いるんだ。

その場所を守るためなら、私は何度でも東十条を倒しにくる!
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