君と終わった街で
『だからさ』
文姫が小さく笑う。
『今くらいの距離感が、一番楽かも』
その一言に。
洸太の胸が、少しだけ痛んだ。
でも不思議と、昔みたいな苦しさではなかった。
痛いのに、ちゃんと落ち着いて受け止められている。
たぶんそれが、“大人になった”ってことなんだろうと思った。
洸太は小さく息を吐く。
「俺も、今の方がちゃんと話せる」
電話の向こうで、文姫が少し笑う気配がした。
『ね』
その短い返事が、やけに優しかった。
電話越しの沈黙。
でも、不思議と気まずくはない。
高校の頃なら、こんな静かな時間は少なかった。
沈黙になると、洸太は焦って何か話そうとしていたから。
文姫を楽しませなきゃ、とか。
退屈させたくない、とか。
そんなことばかり考えていた。
でも今は違う。
ただ繋がっているだけで、どこか安心できた。
電話の向こうで、小さく布が擦れる音がする。
たぶん文姫もソファかベッドに横になったんだろう。
『ねえ』
「ん?」
『洸太ってさ』
文姫が少しだけ笑う。
『結局なんで彼女できなかったの?』
洸太は思わず苦笑した。
「なんだその聞き方」
『いや、普通にモテそうじゃん』
「それ適当言ってるだろ」
『言ってない』
少し間が空く。
それから文姫が、ぽつりと続ける。
『優しいし』
洸太は言葉に詰まる。
高校の頃、文姫にそう言われるたび苦しかった。
優しい、は嬉しい。
でも、“好き”ではなかったから。
たぶん文姫は、そんなこと覚えていないんだろうけど。
「……まあ」
洸太は天井を見上げたまま呟く。
「仕事ばっかだったし」
嘘ではない。
でも、本当の理由はそれだけじゃなかった。
誰かを好きになりかけても。
どこかで比べてしまっていた。
一緒にいて落ち着くか、とか。
自然に話せるか、とか。
気づけば、全部文姫が基準になっていた。
もちろん、そんなこと口には出せない。
重すぎる。
十年前と何も変わっていないみたいで、自分でも嫌になる。
『ふーん』
文姫はそれ以上追及しなかった。
その気遣いが少しありがたかった。
窓の外で、風の音が鳴る。
時計を見ると、もう一時を回っていた。
平日なのに、ずいぶん長く話している。
でも、不思議と眠くならない。
『でもさ』
文姫が小さく笑う。
『なんか安心した』
「何が」
『洸太がちゃんと洸太のままだったから』
胸の奥が、小さく揺れる。
その言葉は、嬉しいのに少し苦しかった。
変わってない。
それはきっと褒め言葉なんだろう。
でも同時に。
自分だけ、十年前からどこか止まったままみたいにも聞こえた。
洸太は小さく息を吐く。
「文姫も、変わってないよ」
『えー』
「人のこと振り回すとことか」
電話の向こうで、文姫が笑う。
『なにそれ』
「自覚ないだろ」
『ない』
即答だった。
洸太もつられて笑う。
こんなふうに笑うの、いつぶりだろうと思った。
仕事の付き合いで笑うことはある。
会社の飲み会で、適当に愛想笑いをすることもある。
でも今みたいに、自然に肩の力を抜いて笑った記憶は、あまりなかった。
電話の向こうでも、文姫がまだ少し笑っている気配がする。
『懐かしいね』
ぽつりと、文姫が言った。
「なにが」
『こういうの』
洸太は少し黙る。
深夜の電話。
くだらない会話。
切るタイミングが分からなくなる感じ。
全部、昔と同じだった。
でも違う。
十年前みたいに、苦しくない。
『高校の時さ』
文姫が静かな声で続ける。
『卒業したら、もう一生話さない気がしてた』
その言葉に、洸太は目を伏せる。
たぶん、自分も同じだった。
最後の方は、本当に気まずかった。
同じ教室にいるのに会話もしなくて。
視線すら合わせなくなって。
周りも気を遣っていた。
あの頃の空気を思い出すだけで、今でも少し胸が痛くなる。
「……俺も」
小さく返す。
『だよね』
文姫が少し笑う。
でもその笑い方は、どこか寂しそうだった。
文姫が小さく笑う。
『今くらいの距離感が、一番楽かも』
その一言に。
洸太の胸が、少しだけ痛んだ。
でも不思議と、昔みたいな苦しさではなかった。
痛いのに、ちゃんと落ち着いて受け止められている。
たぶんそれが、“大人になった”ってことなんだろうと思った。
洸太は小さく息を吐く。
「俺も、今の方がちゃんと話せる」
電話の向こうで、文姫が少し笑う気配がした。
『ね』
その短い返事が、やけに優しかった。
電話越しの沈黙。
でも、不思議と気まずくはない。
高校の頃なら、こんな静かな時間は少なかった。
沈黙になると、洸太は焦って何か話そうとしていたから。
文姫を楽しませなきゃ、とか。
退屈させたくない、とか。
そんなことばかり考えていた。
でも今は違う。
ただ繋がっているだけで、どこか安心できた。
電話の向こうで、小さく布が擦れる音がする。
たぶん文姫もソファかベッドに横になったんだろう。
『ねえ』
「ん?」
『洸太ってさ』
文姫が少しだけ笑う。
『結局なんで彼女できなかったの?』
洸太は思わず苦笑した。
「なんだその聞き方」
『いや、普通にモテそうじゃん』
「それ適当言ってるだろ」
『言ってない』
少し間が空く。
それから文姫が、ぽつりと続ける。
『優しいし』
洸太は言葉に詰まる。
高校の頃、文姫にそう言われるたび苦しかった。
優しい、は嬉しい。
でも、“好き”ではなかったから。
たぶん文姫は、そんなこと覚えていないんだろうけど。
「……まあ」
洸太は天井を見上げたまま呟く。
「仕事ばっかだったし」
嘘ではない。
でも、本当の理由はそれだけじゃなかった。
誰かを好きになりかけても。
どこかで比べてしまっていた。
一緒にいて落ち着くか、とか。
自然に話せるか、とか。
気づけば、全部文姫が基準になっていた。
もちろん、そんなこと口には出せない。
重すぎる。
十年前と何も変わっていないみたいで、自分でも嫌になる。
『ふーん』
文姫はそれ以上追及しなかった。
その気遣いが少しありがたかった。
窓の外で、風の音が鳴る。
時計を見ると、もう一時を回っていた。
平日なのに、ずいぶん長く話している。
でも、不思議と眠くならない。
『でもさ』
文姫が小さく笑う。
『なんか安心した』
「何が」
『洸太がちゃんと洸太のままだったから』
胸の奥が、小さく揺れる。
その言葉は、嬉しいのに少し苦しかった。
変わってない。
それはきっと褒め言葉なんだろう。
でも同時に。
自分だけ、十年前からどこか止まったままみたいにも聞こえた。
洸太は小さく息を吐く。
「文姫も、変わってないよ」
『えー』
「人のこと振り回すとことか」
電話の向こうで、文姫が笑う。
『なにそれ』
「自覚ないだろ」
『ない』
即答だった。
洸太もつられて笑う。
こんなふうに笑うの、いつぶりだろうと思った。
仕事の付き合いで笑うことはある。
会社の飲み会で、適当に愛想笑いをすることもある。
でも今みたいに、自然に肩の力を抜いて笑った記憶は、あまりなかった。
電話の向こうでも、文姫がまだ少し笑っている気配がする。
『懐かしいね』
ぽつりと、文姫が言った。
「なにが」
『こういうの』
洸太は少し黙る。
深夜の電話。
くだらない会話。
切るタイミングが分からなくなる感じ。
全部、昔と同じだった。
でも違う。
十年前みたいに、苦しくない。
『高校の時さ』
文姫が静かな声で続ける。
『卒業したら、もう一生話さない気がしてた』
その言葉に、洸太は目を伏せる。
たぶん、自分も同じだった。
最後の方は、本当に気まずかった。
同じ教室にいるのに会話もしなくて。
視線すら合わせなくなって。
周りも気を遣っていた。
あの頃の空気を思い出すだけで、今でも少し胸が痛くなる。
「……俺も」
小さく返す。
『だよね』
文姫が少し笑う。
でもその笑い方は、どこか寂しそうだった。