君と終わった街で
洸太の部屋は、駅から少し歩いた場所にあった。

エレベーターを降りて廊下を歩く。

文姫は少しだけ緊張していた。

男の人の家へ来るのなんて、いつぶりだろうと思う。

でも、不思議と怖くはなかった。

洸太だからだ。

その事実が、また胸をざわつかせる。

部屋へ入ると、柔らかい洗剤みたいな匂いがした。

「適当に座って」

洸太が少し落ち着かない様子で言う。

文姫は思わず笑ってしまう。

「洸太の方が緊張してない?」

「してる」

即答だった。

その返しがおかしくて、文姫はまた笑う。

高校の頃。

こんな未来は想像していなかった。

大人になって。

十年越しに再会して。

こうして、洸太の部屋で笑っているなんて。

「なんか飲み物買ってくる」

洸太が冷蔵庫を開けながら言う。

「あ、私も行く」

「いいって。すぐ戻るし」

そう言って財布を掴む。

「文姫は適当にテレビでも見てて」

玄関のドアが閉まる。

部屋に静けさが戻った。

文姫はソファへ座り、小さく息を吐く。

なんだろう。

今日ずっと、胸の奥が落ち着かない。

でも嫌じゃない。

むしろ、心地よかった。

洸太といると、自分がちゃんと笑えている気がする。

離婚してからずっと。

心のどこかが冷えていた。

毎日をこなして。

仕事をして。

ちゃんと生きてはいたけれど。

楽しい、と思うことが少なくなっていた。

でも今日は違う。

洸太といる時間が、ちゃんと嬉しい。

その時。

テーブルの上で、スマホが震えた。

洸太の携帯だった。

置きっぱなし。

文姫は最初、見るつもりはなかった。

でも。

画面に表示された名前が、視界へ入る。

『平井 桃花』

女の人。

その瞬間、胸が少しざわつく。

次に表示されたメッセージを見て。

文姫の呼吸が、一瞬止まった。

『昨日のキス、忘れてないですよね?』

時間が止まったみたいだった。

胸の奥が、ゆっくり冷えていく。

その瞬間。

今まで楽しかった時間が、一気に崩れていく音がした。

外で風の音が強くなる。

さっきまで晴れていた空が、いつの間にか暗くなっていた。

数秒後。

窓へ、小さな雨粒が落ちる。

ぽつり。

ぽつり、と。
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