君と終わった街で
胸の奥が、嫌なふうにざわつく。

洸太は静かだった。

怒っているわけでもない。

でも、明らかに様子がおかしい。

桃花は資料を抱えたまま、小さく口を開く。

「……先輩」

洸太は返事をしない。

ただ数秒遅れて、小さく息を吐いた。

それから、いつものように笑おうとする。

「悪い、なんか用だった?」

でもその笑い方は、全然うまく笑えていなかった。

桃花の胸が痛む。

自分がやったことだと分かってしまうから。

桃花は唇を噛む。

洸太は視線を逸らしたまま、スマホをポケットへしまう。

その動作が妙に静かだった。

桃花はたまらず言う。

「……堤さんに、会いました」

その瞬間。

洸太の動きが止まる。

空気が変わる。

桃花は小さく息を吸う。

怖かった。

でも逃げたくなかった。

「病院で偶然」

洸太は何も言わない。

でも、その沈黙が逆につらかった。

桃花は続ける。

「私、堤さんに色々言いました」

少しずつ、自分の声が小さくなる。

「先輩のこと、本気で好きだって」

「曖昧なら諦めてくださいって」

その瞬間。

洸太がゆっくり顔を上げる。

その目を見て、桃花の呼吸が止まりそうになる。

怒っているわけじゃない。

でも。

痛いくらい傷ついている目だった。

桃花は視線を落とす。

「……ごめんなさい」

声が震える。

「私、ずっと苦しくて」

「やっと先輩の隣行けるかもって思ったら、怖くなって」

涙が出そうになる。

でも桃花は必死に堪える。

洸太はしばらく黙っていた。

静かなオフィス。

パソコンの駆動音だけが響いている。

そして。

洸太は小さく息を吐いた。

「桃花」

その声は、驚くくらい優しかった。

だから余計に苦しかった。

洸太は静かに言う。

「お前が悪いわけじゃない」

桃花が顔を上げる。

洸太は少しだけ笑った。

でもその笑顔は、今にも崩れそうだった。

「多分、文姫が勝手にそう思い込んだだけだから」

その瞬間。

桃花の胸が、ぎゅっと締め付けられる。

ああ、この人は。

こんな時でも。

まだ堤文姫のことを庇うんだと思った。
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