君と終わった街で
洸太は会社を飛び出していた。

夜風が強い。

スマホを握る手に、無意識に力が入る。

何度LINEを送っても、返事は来ない。

電話も繋がらない。

『話したい』

『ちゃんと会って話そう』

『文姫』

短いメッセージだけが増えていく。

でも既読はつかない。

洸太は舌打ちしそうになるのを堪えながら、駅前を歩く。

探すと言っても、何も知らなかった。

家も。

職場も。

普段どこを歩いているのかさえ。

知っているのはLINEだけ。

でも、その唯一の繋がりすら、今は閉ざされている。

洸太は苦笑する。

「……何やってんだ俺」

十年好きだったくせに。

やっと再会したくせに。

肝心なことを何も知らない。

夜の街を歩き続ける。

交差点。

コンビニ。

駅前。

少しでも見覚えのある場所を探すみたいに。

でも、見つかるわけがなかった。

日付が変わる頃。

洸太は小さな公園へ入る。

人気のないベンチへ腰を下ろした。

深く息を吐く。

それからポケットから煙草を取り出し、火をつける。

紫煙が夜へ溶けていく。

洸太はぼんやり空を見上げた。

たった数日だった。

でも。

こんなにも濃い時間は、人生でなかった気がする。

再会して。

笑って。

一緒に歩いて。

雨の中、追いかけて。

ようやく届いたと思った。

なのに。

洸太は小さく目を閉じる。

胸の奥が、じわじわ痛む。

それでも。

文姫が最後に送ってきた文章だけは、どうしても納得できなかった。

“恋人として見れない”

あんな顔をしていたのに。

あんなふうに、自分へ触れてきたのに。

洸太は煙を吐き出しながら、小さく呟く。

「……嘘つくなよ」

掠れた声は、夜の公園へ静かに消えた。



次の日。

文姫は鏡の前へ立っていた。

泣き続けたせいで、目元が酷く腫れている。

コンシーラー。

ファンデーション。

何とか誤魔化そうとしても、完全には隠れない。

文姫は小さく息を吐く。

窓の外から、鳥のさえずりが聞こえる。

昨日までなら、穏やかだと思えた朝。

でも今は。

全部が遠かった。

空も。

光も。

街も。

まるで灰色の世界みたいだった。

文姫はぼんやり思う。

また、いつもの日常に戻るんだ。

洸太と再会する前の。

何もない毎日。

胸の奥が、静かに痛む。

あの交差点、もう通れないな。

通ったらきっと、泣いてしまう。

文姫はバッグを持って部屋を出る。

スマホはずっと鳴っていた。

音を消していても分かる。

洸太からだ。

でも文姫は見ない。

見たら、全部崩れそうだった。

通知を非表示にして、無理やり視界から消す。

職場へ着いても、仕事はほとんど手につかなかった。

資料を見ても頭へ入らない。

気づけば、洸太のことを考えている。

今頃どうしてるだろう。

傷ついただろうな。

怒ってるかな。

そんなことを考えて、また泣きそうになる。

その時。

「堤さん、ちょっと」

上司に呼ばれる。

文姫は慌てて立ち上がった。

会議室へ入る。

「忙しいのに急に呼び出してすまないね」

上司は物腰柔らかに文姫に話しかける

「いえ、そんなことは、、、それで話というのは?」


上司は切り出しにくそうに、文姫に話し始めた、

「実はな、、、、、」




そこで告げられたのは、海外支店への転勤の話だった。
一生という訳では無い、2年の期限付きで言って欲しいとの事だったのだ。


文姫は最初、言葉を失った。

海外。

あまりにも突然すぎる話だった。

でも。

返事はすぐだった。

「……行きます」

自分でも驚くくらい、迷わなかった。

海外へ行こう。

全部忘れよう。

洸太のことも。

この気持ちも。

全部リセットしよう。

そう決めた。




その日の夜。

疲れ切った身体でアパートへ戻る。

階段を上がりながら、小さく息を吐く。

その時。

アパートの前に、人影が見えた。

文姫の胸が、一瞬だけ跳ねる。

――洸太。

そう思った。

でも違った。

その顔が見えた瞬間。

文姫の身体が、凍りつく。

血の気が引く。

男がゆっくり笑った。

「……探したよ、文姫」

元旦那だった。

文姫の呼吸が止まる。

男はゆっくり近づいてくる。

「俺とやり直そう、な?」

その声だけで、身体が震える。

男の手が、文姫の両肩を掴む。

ビクリと身体が強張った。

冷や汗が背中を伝う。

怖い。

怖い。

文姫は反射的に後ずさろうとする。

でも男の力が強い。

「部屋、入ろう」

低い声だった。

文姫は首を振る。

「や……っ」

男の表情が、ゆっくり変わる。

苛立った顔。

次の瞬間。

男が手を振り上げた。

文姫は反射的に目を閉じる。

その時だった。

「おい!何してる!」

遠くから声が飛ぶ。

見回り中の警察だった。

男は舌打ちすると、文姫を乱暴に突き放す。

「……っ」

去り際。

男は文姫の耳元へ顔を寄せ、小さく囁いた。

「逃がさないよ」

その言葉に、全身が震える。

男はそのまま夜の中へ消えていった。

文姫はしばらく動けなかった。

震える手で鍵を開ける。

部屋へ入る。

扉を閉めた瞬間。

力が抜けるみたいに、その場へ座り込んだ。

怖い。

息が苦しい。

涙が溢れる。

「……っ、う……」

嗚咽が漏れる。

止まらない。

洸太を傷つけて。

桃花に背中を押されて。

海外へ逃げようとして。

その上、過去まで追いかけてくる。

色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。

胸の奥が、黒く塗り潰されていくみたいだった。
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