私の恋を探してください
10.それ以上でも、それ以下でも無いのだから
 夕方、大学からそのまま、私は、C・O(シー・オー)探偵事務所に向かった。
 いつもだったら、図書館で勉強に費やしている時間だったけれど、今は、おばあ様の方が優先だ。

 ――じゃあ、待ってるからな。

 千谷沢さんは、帰り際、そう言って私の頭を軽く叩いて、去って行った。
 女装しているからか、周囲の人間には、注目されずに済んだけれど――そう思い、気がついた。

 ――私の事を考えて、あの姿で来てくれたんだろうか。

 彼の言動から、もっと、大ざっぱな人だと思ってしまうけれど、本当は、ずっと細やかに他人の事を見ているのかもしれない。

 駅は、帰宅ラッシュが始まっているのか、少々混雑していて、思わず、先日の痴漢の事を思い出してしまった。

 ――大丈夫。
 ――あの男は、捕まったんだから。

 そう言い聞かせながら、満員に近い電車に乗り込む。
 探偵事務所の最寄り駅までは、十分ほど。
 そんなに距離がある訳でもない。

 ――そう、思ったのに。

 再び、自分の足を這う手に、ぞわり、と、背筋が凍った。

 ――ウソ。

 ――……何、で……⁉

 周囲の人間とぶつからないよう、数センチの距離をとったまま固まっている私の後方。
 耳にかかってくる興奮したような呼吸に、嫌悪感で涙が浮かんだ。

 ――何で――私ばかり……!


「ハイ、そこまで。現行犯な」


 すると、覚えのある声に、顔を上げて振り返った。

「……千谷沢さん……?」

「大丈夫か、琴子」

 彼は、大学の時のような女装のまま、私の後ろにいたであろう男の腕を掴み上げていた。
「は、離せっ!」
「離しても良いけど――後ろ、警察待機してるからね」
「――奥川さん」
 私は、男の後ろから姿を見せた彼を、目を丸くして見上げた。
 その間に、電車は降りる予定の駅へと到着し、私達は、吐き出されるように車両から追い出される。
 千谷沢さんが捕らえたままの男は、サラリーマンのようで、スーツ姿にバッグを持っていた。
「離せっ!弁護士を呼べっ!」
 男は、そう騒ぎ立て、ホームに下りた乗客が、チラチラと眉を寄せながら見やり、通り過ぎていく。
 奥川さんは、私達を囲んできた集団に、事情を説明している。
 おそらく、彼等が待機していた警察なのだろう。

「大丈夫ですか。N県警本部生活安全課、棚橋(たなはし)です」

「――え、あ……ハイ……」

 すると、やってきた若い女性に声をかけられ、一瞬、思考が止まってしまった。
 一般人かと思ったが、警察手帳を見せられ、私は、戸惑いながらもうなづく。
「琴子、一旦、事務所に行くぞ」
「――え」
 こちらにやってきた千谷沢さんは、そう言いながら、私の手を取る。
「あ、あの、千谷沢さん」
 その感触に、一気に身体中の血が沸騰しそうになった。
 けれど、彼は、そんな私を気にも留めず、目の前の彼女にあっさりと伝える。
「お疲れさん。ひとまず、アイツはそっちに任せるから」
「――ご協力ありがとうございました」
 彼女は、表情を固くしながらも、頭を下げた。
 何だか、空気がおかしい――。
 私ですら、そう思えるのに、千谷沢さんは、淡々と続ける。
「こっちは、知り合い。被害届は、本人に確認してから連絡するんで、よろしく」
「承知しました」
 千谷沢さんは、そう言うと、すぐに歩き出した。
 手を繋がれたままの私は、彼に引きずられるように足を進める。
「……ち、千谷沢さん」
「――とりあえず、事務所行くぞ」
「……ハ、ハイ……」
 私は、うなづきながらも、少々小走りについて行く。
 千谷沢さんは、それに気づくと、

「――ああ、悪ぃ。早かったな」

 そう言って、歩幅を合わせてくれた。

 ――彼の、そんな行動ひとつひとつに、胸が熱くなってしまう。

「……ありがとうございます……」

 私は、気持ちを悟られないよう、かすかにうつむいた。
< 43 / 54 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop