私の恋を探してください
 汐見琴子、二十歳。N大、人文学部二年生。
 S村から今も二時間半以上かけて、毎日登校。
 祖母は、八年前から、施設にお世話になっていて、ここに三年、体調を崩しては入院、を、繰り返している。

 農家である両親の代わりに、幼いころから、ずっと面倒を見てくれていた祖母。

 ――両親より、一回り近く離れた兄より、私は、祖母にずっと懐いていたのだ。

 そんな祖母は、時折、懐かしむように、初恋の人の話をしてくれて――私にも、そんな人が現われる事を願っていたのだけれど――。


 時代錯誤な両親は、勝手に、私と従兄との縁談をまとめてしまっていた。


 それを知った祖母は、両親を止めようとしてくれていたけれど――その間に、体調はどんどん悪くなってしまったのだ。

 ――琴ちゃん、ごめんなさいね。
 ――おばあの代で、ちゃんと、風習を廃止しておくんだったよ――。

 病院のベッドで横になりながら、骨が浮き出るほどに細くなった祖母は、私に言ったのだ。

 ――大丈夫。
 ――(まさる)兄さん、良い人だし……。
 ――……今さら、あの家を出られるとは、思ってないもの。

 それは、強がりではなく――事実だ。

 家と血筋を何より重んじ、外からの干渉を徹底的に避けてきた”汐見集落”は、完全に、時代に取り残された集落。
 ――でも、そこで育った私には――それが当然で、疑問など無かった。



「――……えっと……今、時代って、”令和”……だった、よね??」

 私が一旦口を閉じ、お茶で唇を湿らせていると、奥川さんが手に持っていたボールペンを取り落としながら、つぶやいた。

「……この回文女(・・・)の一族だけ、明治時代くらいじゃねぇの。下手すりゃ、江戸より前か」

 千谷沢さんは、そう言って、持っていた青いマグカップで、お茶を一気にあおり、そう言った。

 ――こんな反応なんて、慣れている。

 ――大学だって、最初は、こんな風にギョッとされて――。

 そう思ったところで、引っかかった。

「……か、回文女(・・・)?」

 ――何ですか、と、尋ねるより先に、千谷沢さんは、私を真っ直ぐに見ると、あっさりと答えた。


琴子(・・)


「へぁっ……???!」


 一瞬で、心臓が口から飛び出すかと思った。

 ――こんな……綺麗な男性から、名前を呼び捨てにされるなんて、人生初。

「回文くらいわかるだろ、女子大生」

「……わ、わかります……けど……」

 答えた後で、自分の名前を思い返し――苦い表情になってしまった。

 ――”琴子”。
 ――おばあ様がつけてくれた名前なのに。

「――……おっ……おい、コラ‼何で泣く⁉」

「え」

 慌てて腰を浮かした千谷沢さんを見上げると、頬に冷たいものが流れ落ちていくのを感じた。

「……あ、す、すみません……。――でも……名前をつけてくれたおばあ様を、バカにされたみたいで……」

「――……っ……」

 彼は、バツが悪そうに手を伸ばすと――私の頬をひと撫でした。


 ――え。


「――……悪い。……そんなつもりは、毛頭無かった」

「……あ、ハ、ハイ……」

 男の人の無骨な手で頬を撫でられた事など――生まれて初めてだ。

 私は、飛び出す寸前の心臓を飲み込むと、とりあえず、真っ赤になっただろう顔を伏せたのだった。
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