私の恋を探してください
13.まずは、お前が自分を大事にしろよ
「琴子、電車の時間は大丈夫なのかよ」

「あ、ハ、ハイ。そろそろ、お暇いたします」

 部屋の時計を見やれば、もう、出ないといけない時間だった。
 私は、立ち上がると、奥川さんにコーヒーのお礼を言い、事務所のドアを開けようと手を伸ばすが――

 それは、向こう側から急に開いた。


「千谷沢先輩、いらっしゃいますか」


 そう言いながら現れたのは、駅で出会った、女性警察官――棚橋さんだった。

「何だよ、棚橋。今日は、終(しま)いだって言っただろうが」

「それは、わかってます。――依頼じゃなくて、神子沢(みこさわ)先輩からのお誘いです」

 彼女は、若干不服そうな表情を浮かべながら中に入りかけ、ようやく、私に視線を向けた。

「――あら?」

「あ……っと、先ほどは……」

「――え?」

「え?」

 彼女の反応に、一瞬、人違いかと思ったけれど。

「ちょっと、奥川先輩!本当に、一般の依頼受けたんですか⁉」

「棚橋さん、人聞きが悪いよ。彼女は、特別枠。恩師からの紹介なんだよ」

 奥川さんは、肩をすくめて返す。

「――……じ、じゃあ、まだ、広告打ったりは……」

「まだだね。それより先に、彼女が来たからさ」

 棚橋さんは、どこか、ホッとしたような表情を見せ、私に視線を向けた。

「――失礼いたしました。お二人の後輩でした、棚橋と申します」

「あ、し、汐見琴子、です……」

 二人で同じように頭を下げ合うと、千谷沢さんが、あきれたように言った。

「何、二人して同じようなコトしてんだよ。――質が似てるんか」

「……千谷沢先輩、それより、そろそろ報告書まとめてもらえませんか」
「――……だとよ、颯介」
「千谷の報告が無いと、書けないんだけど?」
「こっちも、依頼している以上、進捗を上に上げておかないとなので。じゃないと、お二人との契約を考えなければいけなくなりますが」
 脅すように棚橋さんは言うと、千谷沢さんの前に仁王立ちした。
 それに気圧されたのか、彼は、怒られた子供のように、私の後方に回り込んだ。

「ちっ……千谷沢さん⁉」

 私は、ギョッとして振り返ろうとするが、千谷沢さんは、それを防ぐように、両手で私の身体を掴む。
 その感触に、心臓が跳ね上がり、固まってしまった。

「ちょっと待ってくれって。今は、琴子(・・)の依頼の方が急ぎなんだから」

「――え」

 棚橋さんは、私と千谷沢さんを交互に見やる。

 ――その表情が、一瞬、硬直したように見えたのは、気のせいだろうか。

「……何で、名前……お知り合い、なんですか……?」

「いや?初の依頼人。颯介が言っただろ。恩師の紹介だって」

「――……じゃあ……また、悪いクセが出てるんですね……」

 彼女は、うなるように言うと、ジロリ、と、千谷沢さんを睨みつけた。
 どうやら、警察官時代のトラブルを知っているようだ。
「棚橋さん、そろそろ落ち着こうね。報告書は、来週までには、神子沢先輩宛てにメールで送るからさ」
「……でも」
「汐見さん、ご自宅が、かなり遠方なんだよ。引き留める訳にはいかないんだ」
「――あ」
 奥川さんの言葉に、棚橋さんは我に返り、私へと頭を下げる。
「申し訳ありません。お引き留めするつもりは無かったのですが――」
「あ、い、いえ」
 私は、緩々と首を振ると、事務所のドアを今度こそ開けた。

「――それでは、本日はありがとうございました。失礼いたします」

 そう言って頭を下げ、探偵事務所を後にしようとするが。

「琴子!」

 千谷沢さんに呼び止められ、振り返る。
 彼は、私を真っ直ぐに見つめて言った。

「ばあ様の事も大事だけどな、まずは、お前が自分を大事にしろよ」

「――……え……?」

 私の頭の中は、彼の言葉を理解しようと頑張ってみるが、限界を感じ、眉を下げた。

「……あ、あの……?」

「お前が幸せな顔してれば、充分、ばあ様孝行になるんだ、って、コトだ」

「――え」

 千谷沢さんは、言うだけ言うと、片手を上げる。

「じゃあな、気をつけて帰ろよ」
「あ、ハ、ハイ」

 若干放心状態になりながらも、私は、再び頭を下げ、C.O(シーオー)探偵事務所を後にした。
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