私の恋を探してください
 電車に揺られ、時折、意識が飛びそうになるのを耐えながら、私は、手元の参考書を、ただ、見つめていた。

 ――千谷沢さんの言葉が、頭の中を回り続けている。

 私は――自分を大事にしていないのだろうか。

 少なくとも、彼には、そう見えたのだ。

 顔を上げ、窓の外を見やるが、暗闇に映し出されるのは自分の顔だ。
 もう、日も落ち、月が遠くに見えている。
 車両には、私と、遠くの席に、いびきをかきながら眠っている会社員らしき年配の男性のみ。
 終点まで到着すると、降りるのは私だけだ。

「お帰り、琴ちゃん」

「――勝兄さん」

 駅の改札をくぐると、既に、車を待機させていた勝兄さんが、片手を上げた。
 私は、頭を軽く下げ、彼の元に向かう。

「……あ、ありがとうございます。わざわざ、申し訳ありません」

「気にしないで。俺が来たかっただけだからさ」

 ニコリ、と、微笑み、彼は、私を助手席に促した。
 バッグを持ちながら乗り込み、シートベルトを着ける。
「今日は、琴ちゃん家(ち)に送るよ。それで、運ぶ荷物があれば、引き取るから」
「――え、あ」
 私は、一瞬、頭を悩ますが、首を振った。
「ありがとうございます。――ですが、大した量でも無いので」
「じゃあ、土曜日に一気に持ってくるってコトで良いかな?」
「――……ハイ……」
 うなづいて返せば、勝兄さんは、機嫌良く、エンジンをかけたままだった車を発車させる。
 私は、チラリ、と、彼を見やり、思わず出そうになったため息を飲み込んだ。


 家の前に到着すると、勝兄さんは車を停め、玄関先まで一緒に向かう。
 けれど、戸を開けようとすると、中から母親が現われ、一瞬硬直した。
「あ、た、ただいま帰りました……」
 私が、たどたどしく言うと、母親は、少々イラついたような空気になるが、勝兄さんの姿を認めると、余所行き仕様で言った。
「お帰りなさい。あたしは、これから病院に行かないとだから」
「――え」
「先代が高熱を出したって、さっき施設から電話があったんだよ。お父さんは、どうせ行かないし、あたしが手続きして来ないとなんだから」
 そう言いながら、母親は、私の脇を通り過ぎようとするが、いぶかしそうに振り返った。

「――何なの」

「あ、え、っと……」

 私は、思わず、母親の腕を掴んでいた。
 でも――おばあ様が入院したと聞いて、平然といられるはずもないのだ。

「わ、私も……」

「行ける訳無いでしょ、アンタ、先代と面会禁止なんだから」

「でもっ……!」

 珍しく食い下がる私に、母親はイラつきを隠さず続けた。

「アンタが来たら、また、お父さんの機嫌が悪くなるでしょうが。誰が後始末してると思ってるんだい」

「……でも……」

 母親は、私の手を振り払うと、スタスタと荷物を持ったまま、庭に向かう。
 そこには、田んぼ用の軽トラとは別に、普通乗用車が三台、乱雑に停められている。
 その中にある一台に乗り込むと、母親は、さっさと出発してしまった。

「――琴ちゃん」

 私は、それを見送ると、勝兄さんを振り返った。

「……あ、あの……勝兄さん……」

 怒られるのは、覚悟の上。
 けれど、今の私には、それを上回るほどに、おばあ様に会いたいという気持ちでいっぱいだった。
「ダメだよ、琴ちゃん。そろそろ、勘当されちゃうよ」
 勝兄さんは、諭すように、私の言葉を遮る。
 何を言おうとしているのかは、お見通しのようだ。

 ――でも。

 私は、顔を上げると、彼を真っ直ぐに見つめた。

「おばあ様に、万が一の事があったら――私、一生、勝兄さんを恨み続けます」

 そう言い切ると、口元を引く。
 彼は、驚いたように私を見下ろすと、チラリ、と、私の家を見やる。
 そして、大きくため息をついた。

「――……それは……さすがに、困るなぁ……」

< 56 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop