私の恋を探してください
16.動揺している自分に、動揺した
「――まあ……こんな感じで……」

 私は、拭き終わった窓を見やり、手に持ったぞうきんに視線を向けた。

 ――うん、少し――いや、かなり……汚れが……。

 苦笑いしながら、ブラインドの隙間をホコリ取りで拭くと、そこも、なかなかのもの。
 さすがに、仕事で忙しい中、キチンとした清掃は難しいのだろう。
 私は、汚れた水の入ったバケツを両手で抱えると、探偵事務所を出て、階段をゆっくりと下りる。
 さすがに、五階からのエレベーター無しはキツいが、シンクに捨てる訳にもいかない。
 少々息切れをしながら階段を下り、周囲を見回す。
 ビルとビルの間には、側溝のようなものが、かろうじて見えたので、私は、そこにバケツの水を捨てた。

 ――家でやっているような感じだけれど……良かっただろうか。

 恐る恐る周囲を見回すが、人の姿は見えない。
 おそらく、このビルは商用で、住居用ではないのだろう。
 私が、空になったバケツの水を切り、踵を返すと、ふと、真後ろに人影が見え、ビクリ、と、肩を跳ね上げた。

「アンタ、どこの人?」

 壮年の男性が、眉をひそめて尋ねたので、私は頭を下げる。

「あ、あの、ご、五階の――」

 けれど、すべては言わせてくれなかった。

「ああ、何だ。探偵さんのトコの人ね。昨日、泊まったのかい」

「も、申し訳ありません」

 私が、更に頭を下げると、彼は、ハハハ、と、笑った。

「昨日は、すごい雨風だったからねぇ、仕方ないよ。それに、あの二人は、よく泊まり込みしてるみたいだし、ウチはそこまで厳しくないよ」

 その言葉に、私は、目を丸くした。

 ――もしかして、この男性……。

「……あ、あの……か、管理人さん、ですか……?」

 彼は、私の問いかけに、豪快に笑ってうなづく。

「ああ、そうそう。――って言っても、じいさんのビルを引き取っただけ。管理会社は別にあるし、いわば名前だけの大家かな」

 それでも、時々、こうやって、ビルの使用者が来る前に、異常が無いか確認に来ているのだという。

「ホラ、このビル、ボロいから、ちょくちょくヒビが入ったとか、動かなくなったとかがあるんだよね」

 人好きのする笑顔で言われ、つられて笑みが浮かぶ。

 ――でも、何だか、どこかで会ったような気がするのは、何故だろう。


「琴子、どうした⁉」

 すると、その彼の後ろから聞き慣れた声がして、私は、そちらを見やった。

「――お、おはようございます、千谷沢さん」

「はよ……じゃなくて!何で外出てんだよ!」

「朝からうるさい、千谷。おはよう、汐見さん。何かあったのかな?」

 千谷沢さんを押さえながら、奥川さんが尋ねるが、同時に振り返った管理人さんを見やり、苦い表情になった。

「……おはようございます。神子沢(みこさわ)さん」

「おう、おはよう、お二人さん!」

「――え?」

 ――……あれ……?

 つい最近、どこかで聞いたような名前――と思いかけたところで、管理人さんは、あっさりと言った。

「あれ、ウチのバカ息子(・・・・)、知ってるのかい?」

「――……あ」

 それは、つい数日前も顔を合わせたばかりの、彼等の警察官時代の先輩の名前だった。
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