私の恋を探してください
 私は、探偵二人に促され、バケツを抱えたまま、再び事務所に戻った。
 そして、二人は、部屋に入るなり、目を丸くする。

「――……部屋が綺麗になってる……」

 ポカン、と、呆気にとられたように、千谷沢さんはつぶやく。

「あ、あの……お世話になってるので、お礼がてら、と、思いまして……」

「い、いや、汐見さん。キミ、依頼者だからね?最終的に、キミから料金もらうんだよ⁉こんな事しなくても――」

 さすがに、奥川さんも動揺しているようだ。
 私は、その言葉に首を振って返した。

「いえ。依頼は依頼です。――ですが、お二人には、依頼料では賄いきれないほどに、お世話になっておりますので」

「――うーん……でも……」

 少々渋い表情になる奥川さんに、私は続けた。

「あの、掃除は床と窓のみです。棚などには、一切手を触れておりませんので」

 さすがに、探偵事務所の、個人情報満載であろう書類が入った棚は、手をつけられるはずもない。

「あ、いや、ゴメン。そういう訳じゃ――まあ、気を遣ってくれて、ありがたいんだけどね」

 奥川さんは、気まずそうに続けた。

「……お恥ずかしながら、ここに入居(はい)ってから、一度も本格的に掃除とかしてなかったからさ」

 つまり――あの汚れは、忙しい彼等が手を触れた事も無かった――もしくは、見て見ぬ振りをしていたものか。

「――ふ……ふふっ……」

 私は、同じような表情を見せる彼等を見て、思わず笑う。

「……何だよ、琴子?」

「あ、いえ……何だか、お二人が――」

 怒られた子供のように、可愛らしく見えた、と、言いかけて慌てて口を閉じる。
 自分よりも年上の男性に対して、何を思っているんだろう。
 けれど、その返しを不満に思ったのか、千谷沢さんが、顔をしかめながら私をのぞき込む。

「途中で止めるな、琴子。気になるだろうが」

「いえ、その、大した事では……」

「大した事じゃなくても、気になる、って言ってんだろ」

「――……え」

 瞬間、心臓が口から出そうに跳ね上がった。
 彼の言葉に、深い意味は無いのだとわかっている。

 ――なのに、動揺している自分に、動揺した。

「コラ、千谷。朝っぱらから汐見さん困らせない」
「颯介」
 そんな私に気づいているのか、奥川さんは、強制的に千谷沢さんを引きはがした。
 それに感謝しながら、二人に頭を下げる。
「――も、申し訳ありません。……あの……お二人が、何だか年上に思えず――いえ、失礼かとは思ったのですが、その……」
「あのなぁ……別に、怒りゃしねぇよ。どうせ、ガキくせぇとか思ったんだろ」
「い、いえ、あの……」
 慌てる私に、千谷沢さんは、ニヤリ、と、口元を上げた。
「こっちは慣れてんだから、気にするな。棚橋になんか、よく、小学生か、とか言われてるしな」
 そう言って笑う彼に、一瞬だけ、胸がチクリ、と痛んだ。

 ――……棚橋さん。

 ――彼等の――後輩の女性警察官。

 彼女の、凛とした姿を思い出し、無意識に視線が下がった。

「琴子?」
「あ、いえ……何でもありません」
 眉を寄せる千谷沢さんに、私は、作り笑いを向ける。
 それに納得していないような彼だけれど、それを遮るように、奥川さんが言った。

「――ねえ、汐見さん。……ブラインドまで掃除してくれたの?」

「あ、ハイ。……し、少々、時間もありましたので……」

 時刻は、既に七時半を過ぎているが、いつもの私なら、電車に乗っている時刻なのだ。

「そっか。――本当に、ありがとう。助かったよ」

 奥川さんは、ニッコリと微笑むと、私の前にやってきて続けた。

「じゃあ……汐見さん、今日の分は、宿泊代がわりとして、ありがたく受け取る事にするね」

「ハ、ハイ!」

 ――良かった。
 ――……少しでも、彼等の役に立てて。

 自分にできる事など、たかが知れている。
 けれど――その中で、何ができるか。

 その選択が間違っていなかったと言われているようで、私は、とても胸がいっぱいになった。
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