女神イリオネスと、九ヶ月の飴玉
 彼が音もなく隣に腰を下ろすと、杖に埋め込まれた目玉だけが『ぎょろり』と不気味に動きました。

 けれど、今のイリオネスはその奇妙さに『ほんの少し』驚いただけで、逃げ出すこともせず、泣き乱れた呼吸を必死に整えていました。

「……泣きたいことがあったんだね。良いんだよ、今は気の済むまで、いっぱい泣きなさい」

 突き放すでもなく、無理に励ますでもない彼の言葉に、溢れていた涙は不思議と止まっています。  

 イリオネスは赤くなった鼻をすすりながら、彼を少しだけ睨むように見上げます。

「……普通は、ここで慰めてくれるものではないのですか?」

 ヒュピヒュピは惚けた顔で、月光の差す夜空を見つめていました。

 けれど彼女の問いを聞くと、『そうか』と、今初めてそのことに気づいたかのように、穏やかに答えました。

「今は、泣きたいのだと思っていたよ。……それとも、気が変わったかな。もしよければ私にその涙の訳を、この夜風に乗せ、耳元に届けてくれないかな?」

 彼の横顔を見ながら、「不思議な人物だ」と感じたイリオネスは、抱えていた膝を緩め、足を伸ばすようにして、座り直しました。

「絆です。私には絆がないのです。十二神アフディーと姉妹だと、家族ができたと勝手に喜んでいたのですが、それは偽り、見せかけの家族なのです」

 ヒュピヒュピは自身の顎を細い指先で掻きながら、静かに遠い水平線を見つめていました。
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