女神イリオネスと、九ヶ月の飴玉
「こっ、これは、情景を操るために使う……仕事道具です! けっ、決して趣味や私物として、弾いたりなど、して……ません。……たぶん」

 ヒュピヒュピの口元が、楽しげに歪みました。

 彼はソファからゆっくりと身を乗り出し、獲物を定めるように前のめりになります。

「ほう。そんなつれないことを言わず、一曲、聴かせてくれないかい?」

(どうしよう……! このままでは素直に帰してくれなさそうだし……。もし断って、この不気味な杖の目玉から光線でも出されたら)

  脳内で最悪のシチュエーションが、猛スピードで駆け巡ります。

 イリオネスは「これも円満な任務遂行のため」と自分に言い聞かせ、意を決して振り返りました。

「そっ、そうですね! せっかくですし、お近づきの印に、一曲だけでも」

 イリオネスは震える手でバイオリンを構えましたが、指先が言うことを聞きません。
 演奏を始める前から、弓が弦をこすって「ギィ……ッ」と情けない音を立ててしまいました。

「あはは……。すっ、すぐ弾きます、すぐ!」

 引きつった愛想笑いで誤魔化しながら、彼女が咄嗟に奏でたのはシューベルトの『野ばら』でした。
 しかし、極限の緊張は彼女の理性をさらなる迷路へと導きます。
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