女神イリオネスと、九ヶ月の飴玉
 誰にも催促されていないというのに、なぜか彼女の口からは、歌まで飛び出していました。

「わーたーしーはぁー……みぃーたぁーりー。のーなーかーのっ……バ、バーラー……っ」

 裏返る声で口を大きく開け、必死に歌い上げるイリオネス。

 情景を司る女神の力が、奏でる音色と歌声に呼応するように、不気味な洞窟の岩肌から、ひょろひょろと頼りない野ばらの蔓が伸び始めました。

 殺風景な洞窟に、場違いなほど真っ赤な蕾がポツポツと顔を出します。
 けれど、奏者の心が震えているせいで、その花たちはどこか怯えたように小刻みに震えていました。

 ふと見ると、ヒュピヒュピは、その場に項垂れ、視線を床に向けていました。
 イリオネスは、演奏を止めると『この曲は不正解だった』と考え、表情を青くさせます。

 ひゅぴひゅぴは、握った拳を前に出すと、その動作にイリオネスは怯えました。

「ひっ……!」

 思わず身をすくめ、目をつぶるイリオネス。
 しかし、聞こえてきたのは意外にも穏やかな声でした。

「ほら」

「えっ?」

「ほら、手を出しなさい」

 イリオネスは恐る恐る小さな掌を差し出すと、その上に『ポト、ポト、ポト』と、宝石のように綺麗な飴玉が数個、載せられるのでした。
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