執拗な恋、夜を飲み干す。
「…いえ。勇気が欲しいのでください。カシスオレンジで」


 真っ直ぐにそう告げると、彼はクスッと楽しげに笑みを零した。「かしこまりました」と応じる手つきは、手際がいい。

 差し出されたのは、あの日と何も変わらない、鮮やかなグラデーションを描くカシスオレンジ。

 グラスを口元へ運ぼうとしたその時、「とはいえ」と彼が言葉を繋いだ。


「少し、アルコールは控えめにしておきました。また"お釣りの持ち帰り忘れ"があると大変ですからね」


 予期せぬ言葉に、私は思わず目を見開いた。


「お釣りの、持ち帰り忘れ…?」

「玲がずっと気にしてたんですよ。返さなきゃ、って」


 彼はそう言うと、BOX席の方にいた玲さんへ向けて、手で何か合図をした。視線に気づいた玲さんがこちらを向き、私と目が合った瞬間、「あ」と小さく唇を動かす。

 玲さんは接客していた客に断りを入れ、早足でこちらへ近寄ってきた。


「よかった、来てくれて! お釣り、前回渡しそびれちゃって」


 いつも通りの態度。まるで、あの恥ずかしい告白なんて最初からなかったかのように、彼はあまりにも自然に接してくる。


(違う……)


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

 忘れてほしかったわけじゃない。なかったことになんて、してほしくなかった。

 整理のつかない複雑な想いを抱えたまま、私は膝の上でぐっと拳を握りしめた。

 玲さんはカウンターの中に入ると、レジの奥から一通の小さな封筒を取り出す。
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