執拗な恋、夜を飲み干す。
「あの日の代金、かなり多く貰ってたんで。今日は、そのカシスオレンジサービスしますので、ゆっくりしてってくださいね」


 そう言って、彼は穏やかな微笑みとともに小さな封筒を差し出してきた。

 あまりにも、いつも通りだった。こんなふうに扱われるくらいなら、少しは気まずそうにしてくれたり、私のことを変な女だと警戒してくれたりする方が、まだマシだった。

 あんなに強烈な去り方をしたのに。何もなかったかのように流されてしまうのが、一番苦しい。


「…何も、言わないんですか?」

「え?」

「あんな立ち去り方したのに…」


 消え入りそうな声で問いかけると、玲さんは「うーん…」と困ったような声を漏らし、困惑した様子で苦笑いを浮かべた。

 その反応は、私の気持ちが迷惑だったから?
 それとも、この状況が気味が悪いから?


「酔っていらっしゃいましたし…、その、あまりに突然のことでしたから」


 言葉を濁そうとする彼に、私ははっきりと言葉を被せた。


「好きなんです」


 今度は、絶対になかったことにされないように。

 目を見開く玲さんを真っ直ぐに見つめ、もう一度、一文字ずつ刻みつけるように繰り返した。


「好きです」


 言い切ると同時に、私はまたカシスオレンジを一気に飲み干した。そして、今度はメニューの料金をしっかりと確認し、ぴったりのお金をカウンターへ叩きつけるように置いた。

 そのまま、弾かれたように店を飛び出す。

 言った! 言ってやったぞ、私…!

 背中で感じる夜風に、喜びを噛み締めていた。

 一方で、一人残された玲さんは、ただただ呆然と立ち尽くし、乾いた苦笑いを零していた。


「…だから、お代はいらないって言ったのに」


 そんな困惑に満ちた呟きも、私の耳にはもう届かない。
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