執拗な恋、夜を飲み干す。
彼の真意
「…紗希さん、本当にこんな俺なんかにありがとうございます。好きだってまっすぐ伝えてくださって」


 その声は、いつもの柔らかな接客用のトーンではなかった。低く、硬く、どこか重たい。

 玲さんはこれまで、心のどこかでは冷めていながらも、私の前で笑顔を欠かしたことはなかった。それなのに、今は今までで一番苦しそうな、そんな表情をしている。


「雅」


 少し離れた位置にいる雅さんに、玲さんが声をかける。

 呼びかけに応じた雅さんは、いつもなら冗談めかした緩い空気を纏っているのに、今は何かを察したように真顔を貫いていた。居心地が悪い。


「今日、店閉め頼んでいい? 紗希さんと歩いてくる」

「いいけど」

「ありがとう」


 何が起きたのか分からない。玲さんはカウンターの外へ出ると、呆然とする私に「少し待っていてもらえますか?」と声をかけた。

 小さく頷くことしかできずにいると、彼は一瞬だけ微かに微笑み、「ありがとうございます」と言い残してバックヤードへ下がっていった。

 心臓がうるさいほどに脈を打つ。こんな展開、初めてだった。

 期待よりも、焦りだけが募っていく。まだ、返事なんて聞きたくない。このままの距離でいいと思っていたのに。

 待っていると、玲さんが私服に着替えて戻ってきた。黒の半袖シャツにチャコールグレーのスラックス。ピアスとネックレスだけのシンプルな装いなのに、それすら完璧に着こなしている。


「お待たせしました。行きますか」

「は、はい」


 促されるまま、一緒に店を出る。夜の帳が下り、昼間の暑さはいくらか和らいでいた。だけど、湿り気を帯びた空気はまだじんわりと肌にまとわりついていた。
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