執拗な恋、夜を飲み干す。
 そんな、ある日のことだった。

 あの頃の俺達にはスマートフォンなんて便利なものはなくて、誰かと連絡を取りたい時は、配られた連絡網を辿って、記された電話番号に掛けるしかなかった。

 自宅の受話器から呼び出し音が響き、母に「玲、電話!」と呼ばれた。俺は二階の自室から、一気に一階まで階段を駆け下り、横に倒され置かれた受話器を手に取り、保留を切った。


「はい」


 電話に出ると、『あ…、急にごめん。明音だけど』と、今にも消え入りそうな小さな声が聞こえてきた。電話がかかってきたのは確かに夜だったが、そこまで声を潜めなければならない時間でもない。その不自然さに、嫌な予感が背筋を走った。


「明音?」

『…会えない、かな?』

「どこで会う?」


 迷うはずもなかった。縋るような彼女の声に、俺は即座に問い返した。学校の前で会いたいという彼女の言葉を聞き、受話器を置くと同時に家を飛び出す準備をした。

 結局、俺は彼女に会えなかった。
 その日だけじゃない。それ以降、二度と。

 待ち合わせ場所に彼女の姿はなく、胸騒ぎを抑えきれずに家の前まで行った。電気は点いていた。それなのに、いくらインターフォンを鳴らしても反応はない。静まり返ったその家の前で、俺は立ち尽くすしかなかった。仕方なくその日は帰宅した。

 あの日ほど、自分の無力さを呪い、後悔したことはなかった。
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