執拗な恋、夜を飲み干す。
「あ…、注文、どうしよう…」


 迷いながらメニューを辿り、かろうじて見覚えのある名前を口にした。唯一、飲みやすいと知っていたお酒。


「あ、の、カシスオレンジ…、で」


 たどたどしく告げると、彼は「かしこまりました」と短く応じ、準備を始めた。

 ふと、彼がオレンジを丸ごと取り出したので、私は思わず首を傾げた。


「ああ、ここは、オレンジを絞ってそのままカシスと合わせるんです。ちょっとしたこだわりなんですけど」


 そう言いながら、彼は手際よくオレンジを切り、目の前でぎゅっと絞り始めた。

 まだ緊張して、気の利いた言葉一つ返せないけれど、果実を絞る長い指先や、伏せられた睫毛の影、その真剣な横顔を、私は見つめていた。

 どこを切り取っても、映画のワンシーンのように絵になる人。ずっと見ていたい、視線を逸らしたくない。そんな想いが募っていく。

 やがて、丁寧に仕上がったカシスオレンジが、コースターの上に静かに置かれた。

 深い紫色のカシスリキュールの上に、絞りたての濃厚なオレンジ果汁が重なり、美しい二層のグラデーションを作っている。グラスの表面には細かな水滴が滲んでいた。ほんの少し近付けると、甘酸っぱい爽やかな香りがする。


「いただきます」


 そう言ってから、私は緊張のあまり、一気にカシスオレンジを喉奥へと流し込んだ。そんな私を玲さんは「あ…」と声を零してみていた。
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